261.蝗虫
「ユスラ」
アキオが素早く砲座を離れて、倒れこんだ少女を抱き上げた。
「だ、大丈夫です」
ユスラは、倒れた拍子に帽子が外れた頭に手をやって髪抑えに触れる。
「AEBが作動しています。すぐに頭もはっきりするでしょう――でも、念のためアルメデさまに指揮を譲ります」
ユスラはポケットから予備のインナーフォンを取り出してアキオに差し出す。
「そう連絡してください。アキオ、さあ早く砲座に戻って……」
「分かった」
彼はインナーフォンを耳につけ、桜色の帽子をユスラの胸元に置くと砲座に飛び乗った。
鬼神のように砲弾とミサイルを撃ち始める。
連射し続けていると、突如としてロボットの動きが止まった。
アキオは、塹壕にいる少女たちに呼び出しをかけ、応答したピアノにユスラが倒れたことと、アルメデに指揮を委譲する旨を伝える。
「ユスラさまは――」
ピアノが心配そうな声を出した。
「AEBのおかげで意識はある。大丈夫だ」
「わかりました」
通信を終えたアキオは、静止したグレイ・ガーディアンの群れに弾丸とミサイルを浴びせ続ける。
しばらくして、アルメデの声が聞こえた。
「アキオ」
「身体は大丈夫なのか」
まずアキオが尋ねる。
U.C.N.を開発したのは彼だ。
特殊金属ヘレン合金がもたらす身体能力の向上は凄まじいが、その使用中の全身の痛みと、使用後に、ナノ・マシンをもってしても容易には回復しない体の損耗が生じることは百も承知している。
「あなたに今の顔は見せられませんが、指揮はできます」
「そうか」
「ご存じでしょうが、キューブは手に入れました。それと――西の国との同盟が成りました。いま、キィたちが指揮ロボットを破壊してくれたので、ロボットの攻撃は単調になるはずです。これから機械化兵と魔法使いの残存兵力とわたしたちで、グレイ・ガーディアンの掃討を行います。塹壕を中心として、右前方の敵をアキオが受け持ってください」
「了解だ」
アキオが、荒野の右半分を重点的に攻撃し始めると、塹壕から飛び出したピアノやユイノたちと魔法使いたちが、連携して左翼の敵を次々と破壊していった。
アキオは攻撃を続けながらアームバンドに目を落とす。
シミュラが言ったように、バンドのディスプレイが示すPS濃度の数値はかなり高かった。
ドッホエーベ荒野は、ダラムアルドス城やストーク館ほどではないが、PS濃度がかなり濃い。
地下を流れるPSの脈、ドラッド・リーニエの節点となっているのだろう、通常の100倍程度ある。
だから、魔法使いは、ほぼ疲労なく雷球を連続発射できるのだ。
さらにグレイ・ガーディアンの構造に詳しいアルメデの指示だろう、硬化外骨格兵たちも効率的にロボットを破壊していく。
ほどなく、数万体いたロボットが、ほぼ壊滅状態となった。
「状況報告を、キィ」
塹壕内で、膝をついたアルメデが無線通信で尋ねる。
「崖上のロボットは、ほぼ壊滅。残ったガーディアンをケルビが破壊しています」
「よくやってくれました。あなたたちが指揮ロボットを倒してくれたから、敵への攻撃が容易になったのです。では、崖上から見る荒野の状況を――」
「ガーディアンは、ほぼ壊滅状態。右翼の敵はアキオのミサイルで全滅、左翼の残存ロボットも、ほぼ破壊されています」
アルメデは、地球の野球用語を使って説明するキィに苦笑しながら答えた。
「わかりました――それで、次の敵の動きは?巨大戦車に変化はありますか」
「ありません。沈黙しています」
アルメデは、火傷のあとが残る眉をわずかに顰める。
「アキオ、残弾は、どの程度ありますか」
女王は、耳に指を触れて個別通信に切り替えて尋ねる。
「ほぼ使い切った――君も感じるか」
「ええ、胸騒ぎがします――アキオ、ユスラさまをつれて、すぐに塹壕に来てください」
ついで、アルメデは、通信が機械化兵にも伝わるように切り替えて、一斉通話を行う。
「魔法使いたちをつれて、すぐに塹壕に戻ってください。いそいで」
「わたしたちも戻ります」
キイがせき込むように言う。
「あなたたちは、崖上にいて事態の急変に備えてください」
「わかりました」
その時、アルメデのアーム・バンドがわずかに振動した。
長距離通話の呼び出しだ。
「アルメデさま」
「シジマ」
「ああ、やっと通信が回復したね。そっちの状況は」
アルメデは、次々と塹壕に返って来る兵士たちを見ながら、シジマに戦況を伝える。
「何か嫌な感じがするんだね」
「ええ、アキオもそういっているわ」
「そのことについては前にアキオと話したことがあるよ。状況を無意識下に判断して危険を感じてるんだ。その印を信じて。もうすぐ、そちらに援軍を送るから、しばらくは耐えてね」
「わかったわ」
その時、塹壕内にどよめきが走った。
「あれを見ろ」
塹壕の縁に立つ兵士たちが空を指さして叫んでいる。
アルメデも立ち上がって、塹壕の縁に飛び乗った。
空を見上げる。
「あれは――なんてこと」
巨大戦車の後部から、黒い雲が噴き出し、荒野の空を覆い始めている。
「あれはなんだ」
その声に振り返ると、アキオがユスラを抱いて彼女の背後に立っていた。
「あの雲は、ニューメア武器開発ロードマップのひとつ、蜘蛛の子計画のホイシュレッケです」
「ホイシュレッケ、自走砲の名前だ」
「それとは違います」
「蜘蛛の子計画――」
「アキオは鬼子母神を知っていますか」
「母蜘蛛が子蜘蛛を殺す話だな」
その単純化された返答に、アルメデは一瞬あっけにとられ、
「確かにその通りですが――では、イナゴの大群が作物を荒らす話は」
「実際に北アフリカで目にしたことがある」
「ホイシュレッケは、かつてトルメアの科学者が原型を考え、わたしが、その話を伝えたニューメアの科学者が考えだした数の暴力の武器です。ひとつひとつの威力は小さいのですが、あの数――おそらく3億近い数があるでしょう」
「対抗策は」
「数千単位なら、爆弾か火炎放射で焼き払えるのですが、あの数だと――」
塹壕の縁に立って、空を覆う無限の黒い雲を見上げた兵士が、全員の気持ちを言葉にした。
「あれはどうにもならない。もうおしまい……絶望だ」




