259.奥義
「魔王は、我々の知らない洗脳技術を持っているのでしょうか」
ディスプレイを見て、コラド・ドミニスがつぶやく。
突然現れた生身のケルビが、彼自慢のエクソ・ケルビを、複数の魔法を同時使用して倒してしまったからだ。
ケルビに関する科学的知見はニューメアがどこより進んでいたはずだが、この、自然な進化の系統樹から外れて生まれてきたかのような、巨大で様々な意味から安定した生き物が、魔法を使うことができるなどという報告はなかったはずだ。
科学者には、ままある性格で、コラドは、未知の知識を極端に嫌う。
「一度、ケルビをミリ単位に切り刻んで実験をしなければなりませんね」
痩身の科学者は、ニューメアで用いられている地球と同じ単位系を使って独りごとを言う。
最後のエクソ・ケルビが魔王自身によって倒されるのを目にすると、科学者は椅子から立ち上がった。
指令室を振り返り、巨大戦車の武器士官を見る。
「蜘蛛の子を――」
ディスプレイに眼を戻しながらコラドは続けようとし、崖の上にあふれかえるグレイ・ガーディアンに気づいた。
「いや、待ちなさい。崖上のロボットは、いま西の国女王の支配下にあるのですね」
「そうです」
「何体ありますか」
「約7万体です」
それを聞いて、コラドはなんとも嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「指揮権を奪うことはできますね」
「はい」
「やりなさい」
そう命じると、今度はゆっくりとルミレシアに笑顔を向ける。
「女王さま、世の中の最強の武器はなんだと思われますか」
突然の質問に、サンクトレイカ女王は驚いた表情を浮かべた。
「さあ――はっきり何とはいえませんが、このバルバロスのように、大きくて力強い兵器ではないのですか」
「世の中にはそういった考えもあります。あらゆるものを打ち砕く強大な力、すべてを溶かす熱兵器、月まで弾を届かせる巨大レイル・キャノン。世界すら蒸発させる爆縮弾。巨大な力こそが最強という考えです。たしかに一面、それは正しい」
「ええ……」
酔ったように話し続ける科学者の言葉を、半分も理解できないまま、ルミレシアは生返事する。
「ですが、わたしには、それらが本来の意味での強い武器だとは思えないのです。二種類の兵器が戦い合って勝つ、これでないと強弱はつけれられないのではないでしょうか――もちろん、これは兵器の開発者としての偏った意見だということは分かっているのですが……」
「それはどういう――」
「先ほどあなたが尋ねられた、このバルバロスの本当の武器のことですよ。それは先にとっておくとして、今は、その前哨戦として、わたしの考える最強の武器の一端をお見せしましょう――いけるか」
コラドの呼びかけに武器士官が首を横に振る。
「制御は奪いましたが、まだ細かい指令はだせません」
「それでいい、とりあえず荒野に発砲させなさい」
科学者の言葉で、崖上のロボットが一斉に射撃準備を始める。
「おい、そんなことをしたら、味方の兵も傷つけることになるぞ」
メルヴィルが叫び、ルミレシアはソファから腰を浮かせる。
だが、コラドは彼に向かって、手をひらひらと打ち振り、
「味方?サンクトレイカの兵は、すべてバルバロスに乗っています。荒野にいるのは、ほとんどは西の国の兵士か傭兵でしょう。今は手を組んでいるとはいえ、西の国は、本来敵国。この際、グレイ・ガーディアンの暴走事故で数が減るのは、サンクトレイカにとっても有益なのでは」
「お前――」
「そうは思いませんか、女王陛下」
呼びかけられて、ルミレシアは、椅子に座りなおした。
「そうですね。事故なら仕方がありませんね」
「しかし女王さま。後で調べられれば――」
「誰が調べるのですか?高位魔法の一端すら知らない、西の国の魔法使いたちですか」
コラドは、嘲りを含んだ口調で言い、
「ご決断を」
女王にそう促す。
「ロボットを暴走させなさい」
「仰せのままに」
科学者が合図すると、ロボットが荒野に向けて射撃を始めた。
「おお」
その初めて見る弾幕の激しさにサンクトレイカのふたりは驚きの声をあげる。
「なかなかのものでしょう。ひとつひとつの銃弾や雷球は、生身の兵士ならともかく、硬化外骨格兵には、さほど脅威にはなりません。ですが、数万のロボットから放たれるそれらは――」
コラドは荒野を示し、
「一人一人は強者の兵を倒し、地形を変えてしまう――つまり、最強の武器は個別の兵器の強さではなく、数そのものなのです」
そう言うと、科学者は誰にともなく優雅なお辞儀を行った。
眼を閉じる彼の脳裏には、かつてアルメデ女王が話してくれた、大地を覆い、すべての作物を食い散らしながら飛び行くホイシュレッケの黒い群れが浮かんでいる。
戦いにおいて、いや、生きるということにおいては数がすべてなのだ。
様々な面で優秀であったドミニス一族が、少数民族の地方語を話すというだけで、王都の愚物どもから、いわれのない虐待を受けたのも、彼らが少数派だったからだ。
「コラドさま、アルメデさまです」
部下の声で開けた彼の眼に、杖を使って空を飛ぶ黄金の少女が、ロボットの銃弾を受けて墜落する様子が映った。
「何をしている、すぐに止めさせなさい」
科学者が慌てて叫ぶ。
だが、その命令を実行させる必要はなかった。
突然、背後から現れた巨大なケルビの群れが、おそらくは強化魔法をかけて青白く光る身体で、ロボット兵を弾き飛ばし始めたからだ。
そのために一斉射撃は止まっている。
「指揮ロボットが完全制御下に入りました。ガーディアンを自在にコントロールできます」
コラドは少し考えて、言う。
「アルメデさまをお助けします。7万のロボットを荒野に下ろしなさい。まずは女王さまの確保を優先、その次に魔王を倒しなさい。残りのロボットには、崖上でケルビから指揮ロボットを守らせるように」
「了解しました」
すぐに、グレイ・ガーディアンたちが、灰色の群れとなって、崖を下り始める。
「アルメデさまを傷つけないように、銃器による攻撃は禁止、直接攻撃のみに限定しなさい」
圧倒的な数のロボットが、群れをなして殺到する光景は、絶望という言葉が形をもったように、不気味で恐ろしい感情をルミレシアに抱かせた。
だが、しばらくして、ロボットが突然停止する。
「指揮ロボット3体とも破壊されました。ガーディアンは、自律モードで再起動します」
ディスプレイには、青い服のひとりの魔女とふたりの硬化外骨格兵によって、巨大ロボットが破壊される様子がリプレイ再生されていた。
「再起動後のガーディアンへの命令は」
「指揮ロボットがなくなった今、一斉命令は不可能です。しかし、最後に与えた命令を最優先に、自律モードで行動を再開するはずです」
「つまり、アルメデさまを救い、魔王を倒す、ですね。では見守りましょう。まだ数の優位は覆らないのですから」
しかし、その後も、予想できない展開が彼らを待ち受けていたのだった。
魔王が、どうやって持ち込んだのか、移動機関砲、というより、武器の塊のような兵器を使って、凄まじい勢いで、ロボット群を破壊し始めたのだ。
ほぼ同時に、塹壕から出た西の国の残存兵力が、素晴らしい連携を見せながら、次々とロボットを破壊していく。
「どうやら、数の問題ではないようだが――」
メルヴィルの揶揄するような言い方に、科学者が感情を爆発させた。
「黙りなさい。あのようなガラクタを使うからこうなるのです」
そういって、狂気に憑かれたような眼になって、独り言をつぶやく。
「そうです。衆愚どもに本物の数の恐怖を見せてやらねばなりません」
科学者は、さっと振り向くと、武器士官に向かって叫んだ。
「ホイシュレッケ、起動できていますか」
「しています」
「では出しなさい」
「数は」
「すべてです」
士官は一瞬、驚くが、そのまま復唱する。
「ホイシュレッケ2億6000万体、射出します」
「おい」
メルヴィルが叫ぶ。
「その数は――」
「どうです?」
コラドは誇らしげに手を広げ、言った。
「本当の数の暴力をこれからお見せしましょう。彼らの通った後には何も残りませんよ」




