258.姉妹
ヨスル・ド・コントは、壕を飛び出すと、5000エクル(1キロ)ほど離れた場所で静止しているロボットの群れに向かって走り出した。
塹壕は荒地のほぼ真ん中、巨大兵器とロボット群に対して、反対の崖寄りに位置している。
アルメデ女王は、敵に向かって左翼のロボットを迎え撃つように指示していた。
ロボットの直前まで近づいた時、
「そこで待っていてください」
背後から声がかかり、彼女の横を風のように通り過ぎる影があった。
灰色の髪、灰色の服、そして同じ色の奇妙な帽子、ピアーノだ。
「お姉さま、雷球の準備を」
美少女は、紅い眼を彼女に向けると、そう叫んでロボットへジャンプする。
アルメデ女王の指示で、前衛の攻撃部隊と後衛の魔法使い部隊は、ふたり一組で戦うことになっていたが、ヨスルは当然のように義妹と組まされていたのだ。
ヨスルは、目を細め精神を集中する。
淡青色の髪の斜め上に、青白い雷球が発生し、驚異的な速さで通常の6倍ほどの大きさに成長した。
もともと、彼女の雷球は威力が強く、一般魔法使いの2倍の大きさがあった。
義父サルヴィルは、ヨスルの魔法の強さに眼をつけて、没落貴族の孤児である彼女を養子にしたのだ。
子供の頃は楽しかった。
父とその部下の教える技術が、すべて身につき、覚えることで褒めてもらえた。
ヨスルは、サルヴィルを父として愛していたのだ。
目に映るものすべて――朝陽の赤、エルミ草の鮮やかな黄色、恋月草の紫……その頃の彼女の世界は極彩色で、美しい光にあふれていた。
だが、12歳で最初の暗殺に成功すると、絶え間なく仕事を命じられ、続けなければならない殺人への嫌悪感で彼女の精神は疲弊し、ヨスルの周りから鮮やかで美しい光の色は徐々に消えていった。
最後には、自身が生み出す、人より大きい雷球の青白い光だけが彼女に残された色になる。
与えられた小さな鏡をのぞきこんでも、淡い青色の髪、碧い眼、青白い顔の娘が、その中から無表情に見つめ返すだけだ。
「姉さま」
ピアーノの声で我に返ったヨスルは、巨大な雷球を妹に向けて投げつけた。
灰色髪の少女は、ロボットの背に飛び乗って、アルメデ女王が指示した通り、敵の機械の目に細身の避雷器を突き刺している。
素晴らしい速さで飛んでくる雷球を受けて、そのすべてのエネルギーをロボット内部に流し込むと、ピアノは弾けるように跳ね跳んだ。
女王の予想どおり、ロボットが派手に爆発する。
ロボットの力の素であるバッテリーが、雷球の威力で爆発するのだと彼女は言っていた。
眩しい爆炎が彼女の眼を射ぬき、その光を背に飛んできたピアノが彼女の横に着地する。
「もうすぐロボットが動き出します。もっと速く、多く雷球を生み出せますか」
「できるわ――でも、わたしたち全員が荒地の左側にいるけど、右側は大丈夫なの」
「問題ありません。向こうには、アキオがいるから。塹壕にいた時から音が聞こえていたでしょう。今は――たぶん、わたしたちの仲間の手当をしているから攻撃が中断しているのです」
ピアーノの言葉に応えるように、左手から鮮やかなオレンジ色の光が沸き上がると、少し遅れて激しい轟音が轟いて、端からロボットが空中に吹き飛び始める。
同時に、短い破裂音が響いて、ロボットを穴だらけにしていく。
「あれは――」
「アキオが戦っているのです」
「アキオ――あなたが殺したがっていた魔王ですね」
言いながら、ヨスルは大きく目を見開いた。
常に冷静で、冷たく透明な氷のようだと思っていた妹が、顔色を変えたからだ。
「そのことは、いわないでください。お姉さま」
その言葉から、彼女はピアノが恥じらっていることを知った。
その声音が、仕草が、彼女の心の深奥を微妙に揺り動かす。
彼女は、美しいという印象しかなかった妹が、初めて見せる可愛いさに胸を打たれたのだ。
ヨスルは、視界の端に動きを捉える。
「ロボットが動き出しそうです。さあ、行きなさい、ピアーノ。雷球は任せて」
「わかりました」
義妹は、手にした避雷器を鮮やかに回転させると、ロボットへ向けて走り出そうとし――
「お姉さま。わたしの名はピアノ、そうお呼びくださいね」
振り返るとそう言い残して駆けて行く。
仲の良い姉妹ではなかった。
おそらく義父が意図したのだろう、コント家の兄弟姉妹は、自身の得意な技を競いあって、日々を暮らさねばならなかったからだ。
ヨスルとピアノも、ふたりきりの女性でありながら、いや同性であるからこそ、お互いが負けないように、意地を張って暗殺の技術を磨き合っていた。
生まれつき魔法の威力が強いヨスルに負けまいと、ピアノは、銀針の扱いと毒殺に精通し、ついに毒手に手を染め、限度を超えて身体を壊してしまった。
毒に冒され身体が崩れていく妹を見ても、特に彼女は何も思わなかった。
その頃には、暗殺に追われ、人間らしい瑞々しい感性が失われつつあったからだ。
しかし、今、女王に命じられて、初めて妹と共闘してみると、予想外に息が合うことに、彼女は驚いていた。
ピアノがどう動き、止まるかというリズムが手に取るようにわかるのだ。
もちろん、魔女となった妹は、いかなる魔法なのか、子供の頃とはくらべものにならないほど動きが素早くなっている。
だが、全体の速度が上がっても、リズム自体は、子供の頃、共に修練に励んだ頃と変わらない。
しばらく共に戦って、その速さに慣れると、それを前提として素晴らしい連携を発揮することができるようになった。
ヨスルは、巨大な雷球を連続で複数生み出し、待機する。
動き始めた無数のロボットに対し、華麗に回転しながら上に飛び乗り、避雷器を突き刺すピアノに合わせて球電を投げつけ、ロボットが生み出す雷球に対しては、倍以上の大きさの球電で相殺する。
そうやって、驚くべき速さで、ロボットが破壊されていく。
「やるじゃないの」
それを横目で見ながら、ユイノも踊るようにしなやかな身体を動かして、避雷器をロボットに突き刺していた。
ヨスルのように素早く巨大な雷球を生み出せる者は少ないので、彼女には、4人の魔法使いがついていて、順に球電を作り、投げつけている。
それは遠目には、華麗な踊りのように見える動きだった。
実際、少女は、戦闘のために後ろでひとまとめにした、鮮やかな紅髪を揺らしながら舞踊を踊っていたのだ。
ユイノの髪が揺れ、長い手足が空を舞うたび、ロボットが爆炎を上げて破壊されていく。
ヴァイユとミストラも、それに負けない速さで動き、グレイ・ガーディアンを屠っている――
サンドル率いる硬化外骨格部隊は、雷球やレイル・ガンに負けない装甲を利用してロボットに近づき、腕に仕込まれたパイル・ドライバーを使って、カメラ・アイを撃ち抜いて、アルメデに指示されたバッテリーを破壊し、行動不能にしていた。
こうして、アルメデの言葉どおり、枯野に野火が広がるように、ロボットの残骸が荒地に曝されていったのだった。




