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257.飛檄

「――メデ、アルメデさま」

 (ひか)え目な呼びかけに、傷ついた女王が意識を取り戻した。

 目を開くと、灰色の髪、紅い眼の美少女が彼女をのぞき込んでいる。

「五分たちました」

「ありがとうピアノ」

 少女の腕に軽く触れながら、アルメデは身体を起こした。

 わずか数分の休憩だが、ずいぶん気分がよくなっている。

 まだ、身体の状態はひどいだろうが、ナノ・マシンによって痛覚は遮断しゃだんされているので痛みは感じない。

 ただ、全身が凍り付いたように冷たくなっている。

 ホット・パックの熱だけでは、身体を修復するナノ・マシンのエネルギーとしては不足なのだろう。


「どうぞ」

 ピアノが差し出すホット・ジェルを受け取って飲み干す。

「良くなりました――あなたたちの意識レベルは?」

「大丈夫です、眼の具合はどうですか」

 少女はアルメデを見る。

「ほぼ治っています。さすがですね、ナノクラフト。鼻は――」

 そういって自分の顔に触れて、

「まだ完全ではない――アルメデの()()()()()()()()()()歴史は変わらないようですね」

 女王は自分で言ってひとりで笑い、

「戦況はどうですか」

「指揮ロボットは、ノラン、シェリル、キィの三人で破壊しました。ロボットは静止しています」

「やってくれたのですね」

「ただ……」

「続けて」

「先ほど、ユスラさまが意識を失われたそうです。アキオが予備のインナーフォンで連絡をくれました」

「命は」

「大丈夫とのことです」

「わかりました」

 女王は耳に指を当てると、一斉いっせい通話に切り替え、言う。

「アルメデです。いま、ユスラから指揮移譲しきいじょうされました。これから、わたしが指示を出します」

 ピアノを見る。

「皆を呼んでください」

 そういって今度は、うつむき加減(かげん)になって、崖上の少女を呼び出す。

「キィ、よくやってくれました。次の仕事です。グレイ・ガーディアンは、指揮ロボットが破壊されると、しばらく動きを止めますが、すぐに自律(じりつ)モードで再起動し、スウォーム・知能インテリジェンスで小規模集団を作って攻撃を始めます。指揮ロボットがいないため、さほど脅威(きょうい)ではありませんから、崖上(がけうえ)の敵は、すべて破壊してください」


 言い終わったアルメデは、顔を上げた。

 そこには、ユイノ、ミストラ、ヴァイユ、ピアノと魔法使い、そして硬化外骨格ハードエクソの兵士が並んでいた。


「よく来てくれました。あなたは……」

「ピアノの義姉(ぎし)の魔法使いです。ヨスル・ド・コンドと申します」

「わたしはニル・サンドルです。アルメデさま」

 彼女の身分を少女たちから聞いているらしい男が敬語を使う。

 アルメデはうなずいた。

「さきほど、西の国(サイアノス)のメキア女王とわたしたち名無し国(ノーメンネスキオ)同盟(どうめい)を結びました。証拠を示すことはできませんが」

「状況から考えて、サンクトレイカが暴走して、魔王――失礼、あなたがた諸共もろともわたしたちも殺そうとしているのは確かです。わたしと、シェリルから移譲された硬化外骨格ハードエクソ兵48名はあなたに従います」

 サンドルがひざまずいた。

「現在、動ける魔法使い部隊80名も同様です」

 彼の横でヨスルも膝をつく。

 その姿を塹壕の兵士全員が見ていた。

「わかりました」

 アルメデは、ピアノが顔に巻いてくれたスカーフの上から(のぞ)あおい瞳で皆を見つめ、先ほどキィに伝えた情報を繰り返すと、個別に指示を出した。


 命令し終えると、女王は、よく通る、ひときわ大きな声で、塹壕ざんごうにうずくまる兵士たちにげきを飛ばす。

「さあ立ちなさい。我々に守るべき城はありません。この塹壕ざんごう橋頭堡きょうとうほと考えて打って出るのです。恐れることはありません。わたしの知るロボットの性能よりあなたたちの力の方が上です」

 兵士すべてが顔を上げ彼女を見る。

「しかしながら敵は数が多い。こういった戦いでは、守りに入った方が負けます。あなたたちの指揮官に、わたしが()()()()()()()()を授けました。彼らに従えば、あなたたちは必ず勝ちます。恐れず打って出て、戦って勝ってきなさい!」

 一拍いっぱくおいて、塹壕内に、低いうなりのような雄叫(おたけ)びが木霊こだました。


 顔の大部分をスカーフで覆って、わずかに見える額と目の周りにも、ひどい火傷やけどのあとが残る、一見、戦場となった村から焼け出された村娘のような少女こそが、彼らに勝利をもたらすまことの王であることを確信した兵士たちの喜びの声だった。


「すぐにロボットが動き出します。全軍、出撃しなさい」

 彼女の言葉に、サンドルとヨスルが小さく会釈すると兵士と共にごうを飛び出していく。

 それを見送るアルメデが、少しよろめいた。

 まだ体調は万全からは程遠(ほどとお)いのだ。


 彼女の肩は優しく抱き留められ、その主がため息交じりに言う。

「すごいねぇ。100年女王の言葉は」


 振り向いた少女は、赤髪の舞姫ダンサーに対して首を横に振った。

「こうやって、長年にわたって数十万の兵を()()へ送り出してきたのです」

「だけど、今回は勝つんだろう」

「必ず勝ちます」

「じゃあ、あたしもその助けになるように行くよ――あとは……ああ、女王さま、きょうとう……って何だい」

「そうでした。この世界には無い言葉でしたね。橋頭堡きょうとうほ、敵に侵攻するための拠点です――ユイノさん」

 アルメデは、わかった、と言って外に飛び出そうとする少女を呼びとめる。

「なんだい」

「あなたはダンサーです。本来、戦いとは無縁な人。決して無理をしないで。アキオは、あなたたちが怪我をすると、絶対に悲しみますよ」

「あんたねぇ、自分の姿を見てからいいなよ」

 ユイノは苦笑し、

「大丈夫、前にアキオがいってたよ。戦いは、いや、ダンスは戦いに似ている、ってね」

「意識レベルには常に注意して――」

「わかった、出るよ」

 そういうと、紅髪、紅い戦闘服の少女は、魔女の帽子が飛ばないよう、小粋こいきに押さえながら、ごうの外に飛び出して行った。

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