255.創発
バルコニーから飛び立ったアルメデは、ロボット兵器からの集中砲火を受けた。
直撃を受けないように、コースを選びながら崖上に向かう。
高位魔法王国ニューメアの女王である彼女は、保安ロボットについても造詣が深い。
グレイ・ガーディアンは、設計上、5千体以上の数で集団行動をとることができない。
それ以上の数を統率するためには、指揮機械を使わねばならない。
マイスは、ロボットの総数は10万体だと言った。
それだけの数を指揮するためには、指揮機械が3体は必要だ。
実は、アルメデは、多数ロボットの制御について、地球時代にトルメアの科学者と話し合ったことがあった。
人工知能技術のひとつに、群知能の考えがある。
アリや魚、渡り鳥の群れのように、ひとつひとつの個体は単純でも、個体間の簡単なやりとりを重ねることで、集団として高度に知的な行動をとらせる創発現象を、多数のロボットで実現できないかとアルメデは彼らに問うたのだ。
科学者たちは、数多くの個体間の相互作用が、複雑に絡み合った結果に生み出される疑似知性は、思考過程の追跡が難しく、制御も困難であるから、暴走すると危険な武器ロボットの知能としてはふさわしくないと答えた。
ひと言でいうと、何をどう考えているかわからない知性に、武器を持たせるのは恐ろしい、ということらしい。
結果的に、多数ロボットの根本的な制御は、ヒトが理解しやすい指揮機械によって行い、集団で移動する時のみ、魚の群れと同様に、3つの単純なルールに従った群知能を使うことになった。
その3つのルールとは、
1.全ての個体は近づこうとする、
2.1.のもとで、最低限の距離は保つ、
3.注意するのは一番近い個体のみ、
という単純なものだが、これだけでも、見かけ上は、一糸乱れぬ移動が実現できた。
後に、ミーナに、ナノ・マシンの疑似知能について尋ねたところ、開発の初期段階から、群知能を実装していたことを知って驚かされたのだった。
それはともかく、要するに3体の大型ロボットを破壊すれば、グレイ・ガーディアンは、戦闘兵器としての機能をほぼ失うということだ。
空を駆けながら余計なことを考えるのは、人との会話をやめたことで、戻ってきた全身の痛みから気持ちをそらせるためだった。
独りで空を飛び始めてから、再び苦痛の声をあげていることに気づいて、彼女は自分の負けん気の強さに苦笑する。
ロボットが容易に予測できないコースをとって飛んでも、弾丸の数が多すぎて、何発かは彼女の身体にヒットするが、U.C.N.発動中の彼女に被害を与えることはない。
想像を絶する苦痛と引き換えに、N.M.C.より3倍程、稼働時間が度伸びているU.C.N.だが、彼女も、30分ある残り時間が、あとわずかになっていることを感じていた。
アキオと違って、正確な体内時計で、使用時間を把握できないアルメデは必死に祈った。
あと少し、崖上に到達して指揮機械を破壊するまでもってくれれば――
だが、その祈りも虚しく、崖に到達する前に時間制限が来てしまった。
背中のアサルト・バッグから、短いアラート音が響くと、モーターが唸りを上げて、背中に突き刺さったままのパイプから、ヘレン合金を吸い上げていく。
それに伴い、黄金色だった少女の全身が元の色に戻った。
脱力感と戦いながら、なおも崖を目指そうとする彼女の身体を、複数のレイル弾が貫き、バランスを崩したアルメデは、きりもみするように荒れ地へ落下していった。
落ちながら、彼女は、ロボット兵がケルビの一団によって、跳ね飛ばされるのを見る。
それによって、豪雨のように飛び交っていた弾丸が途切れたため、なんとか体制を立て直して地面への激突を回避した。
ぎりぎりのところで直角に近く曲がると、地面すれすれに荒野を飛んで、降下しながら目にした塹壕近くに落下した。
もはや丁寧に着陸する余裕などなく、かなりな勢いのまま地面に足をつくと、杖は吹っ飛び、彼女は、土煙を上げながら荒地を転がる。
激しく回転し、そのたびに、U.C.N.後の疲弊した身体の全身の骨が骨折した。
内臓を痛めたのか、大量に血を吐く。
荒地の小山に当たった彼女はひと際高く跳ね上がると、壊れた人形のように、手足をでたらめな方向へ向けたまま地面に激突しようとし――優しく受け止められた。
「さすがはユスラさま、わたしでなければ、今の勢いのアルメデさまを受け止められなかったでしょう」
しっかりと女王を抱きしめた金髪の少女が言う。
「その声は……キイ、ですね。ありがとう」
「班を分けて、塹壕に向かえといわれた時は、納得いきま――アルメデさま!」
そっと地面に横たえた女王を見たキィが言葉を失う。
アルメデは――かつて地球で一番美しく聡明と称えられた少女の全身は、焼けただれ、体の各部が欠けていたからだ。
「ああ、アルメデさま」
キイの涙が彼女の顔にかかる。
その顔は、片方の眼は瞼がなくなり、もう片方は白く濁って、ほぼ視力が無くなった状態だった。
耳は両方ともない。
美しく整っていた鼻は半分以上が欠けている。
「わたしは大丈夫ですよ。ナノクラフトで、すぐに治ります」
頬がなくなって、歯列がむき出しになったため、不明瞭な言葉でアルメデが言う。
「女王さま」
キイは、アルメデの手を取って握りしめようとして、彼女の指がほとんどなくなっているのを見て、さらに涙を流した。
「キィ、早く、塹壕の中へ」
声を掛けられて我に返ると、アルメデを抱えたまま、キイは素晴らしい速さで塹壕へ飛び込んだ。
「アルメデさま!」
塹壕内にいた、ユイノ、ミストラ、ヴァイユ、ピアノの4人の少女たちも、アルメデの惨状を見て息を呑む。
「U.C.N.を使われたのですね」
ピアノが呆然としてつぶやいた。
意外なことに、真っ先に冷静さを取り戻したのは、ユイノだった。
「みんな、大丈夫だよ。U.C.N.のあとは、だいたいこんなもんだろう。アキオのN.M.C.の時もひどかったじゃないか」
「そうでした」
ミストラとヴァイユも、当時を思い出したのか、落ち着きを取り戻す。
「ヒート・パックを持っているのは――ヴァイユだね。あとホット・ジェルを早く」
ユイノが、アルメデの身体にヒート・パックを当て、ホット・ジェルを飲ませた。
「あとで、アキオとゆっくり風呂につかればすぐに治るよ」
「その方は――」
離れた場所で様子を見ていた、ヨスルたちが近づいて来る。
ピアノは、コートから武器にもなるナノ・スカーフを取り出すと、傷ついたアルメデの顔を覆った。
「わたしたちの仲間です」
「大丈夫ですか」
「すぐによくなります」
そう答えたあとで、ピアノが、宙を見つめ、はい、と小さくうなずくと、耳からインナーフォンを取り出して、アルメデの耳にはめた。
「ああ、ユスラ。ええ、大丈夫です。まず、アキオに伝えてください。キューブは手にいれた、と」
アルメデが、少し不明瞭ながらはっきりとした口調で、離れた相手と会話を始める。
「今は、ケルビの攻撃で銃撃はほぼ止まっています。崖から、およそ7万のロボットが荒野へ――分かりました。グレイ・ガーディアンは、3体の大型ロボットで群れを制御しています。それを叩けば――ノランは噴射杖を使えますか。わかりました」
通話を終えると、アルメデは身体を起こした。
ピアノが、顔から落ちたスカーフを三角に折って、鼻から下を覆うマスクとして結んでやる。
「ありがとう、ピアノ」
礼をいったアルメデは、皆に向かって言った。
「いま、ロボット兵7万体が荒地になだれ込んできています。状況から考えて、おそらく無差別に攻撃をしてくるでしょう。ここにいる全員が危険な状態です。それを防ぐためには、崖上の制御ロボット3体を破壊する必要があります。いま、ユスラの命を受けて、ノラン・ジュードが単身破壊に向かったそうですが、おそらく助けが必要でしょう。キィ、行ってくれますか」
「わ、わかりました」
一時のショックから立ち直った少女が、険しい表情でうなずいた。
「わたしも連れていってもらえませんか」
背後からの声に皆が振り返ると、硬化外骨格に身を包んだ少女が膝をついていた。
「ノラン・ジュードは仲間です。わたしは彼とともに戦いたい」
「しかし――」
「行きなさい」
キイの言葉を遮って、アルメデが言った。
「もう時間がありません。噴射杖でも、短距離なら、あなたとこの――」
「シェリルです」
「シェリルを乗せて崖まで飛べるでしょう。ふたりの体重は、ほぼ同じでしょうから」
「アルメデさま」
女王の軽口に初めてキィが微笑む。
「行きなさい」
アルメデの言葉に、ふたりは塹壕から出ると、並んで噴射杖につかまった。
杖から炎が吹き出ると、煙を残しながら崖の上に飛んでいく。
それを見たアルメデは、ゆっくりと身を横たえた。
壕の外からは激しい爆発音が響いている。
ユスラの指示で、アキオが戦っているのだ。
他の少女たちも、彼女からの命令を受けて、忙しく動き始めている。
いましばらくは、戦略の天才少女に任せておけば大丈夫だろう。
「5分だけ休みます」
そういうと、アルメデは泥のような眠りに落ちていった。




