254.反撃
呆然と自分を見つめる騎士に向かって少女が笑う。
「自分の主を忘れましたか」
「いえ、そんなことは――」
「お待ちなさい」
そう言うと少女は、何かに聞き入るように耳を軽く押さえた。
小声で誰かと話をする主を見ながら、騎士ノラン・ジュードは、自身の心の中で渦巻いていた複雑な感情が、すっきりと一本にまとまっていくのを感じていた。
この、髪がピンク色になって、少し幼い印象になった主は、彼が敵方に回っているかもしれない、などとは夢にも思っていないのだ。
ノランは、自分が様々に物事を考え、悩んだことがバカバカしくなってきた。
「わかりました。あなたさまは――はい、そう指示します」
誰にともなく答えると、ユスラは彼を見た。
「ノラン、もうすぐここにも、あの数万のグレイ・ガーディアンの群れが来ます。あなたが、あれを止めるのです」
「はい」
ノランは跪いて返事を返した。
「方法はひとつです。崖の上にいる、ひと回り大きなロボットが、指揮マシンとして全体を統括しています。通常、指揮ロボットは3体いて連携しているので、ロボットを止めるためには、それらを全て破壊しなければなりません」
「わかりました」
ノランは立ち上がった。
少しふらつく。
ユスラが、眉をひそめた。
「あなた怪我をしているのですか」
騎士は主を見た。
実のところ、レイル・キャノンの直撃を受けて、彼の身体はかなりのダメージを受けている――が、
「問題ありません」
笑顔で平然と言い放った。
主の命を受けて、戦働きをする、これほど騎士冥利に尽きることはない。
この喜びの前では、骨がきしみ、肉を刺す痛みなど何ほどでもないではないか。
「おまかせください。必ず――」
ノランの言葉が止まる。
さっと近づいた美少女が、彼の頬に手で触れたからだ。
「ノラン、死んではなりませんよ」
「もちろんです」
「では行きなさい。この杖にしっかりつかまっていれば、崖の上まで連れていってくれます」
そういって、ノランの手に噴射杖を渡す。
彼が杖につかまると、ユスラはアーム・バンドを操作して言った。
「頼みましたよ」
杖が炎を噴射すると、ノランは空に飛び立った。
円弧を描くように崖に向けて飛んでいく。
ユスラは、それを見送ると、恋人に向けて走り寄った。
「アキオ!」
「その帽子は」
彼の問いかけに、少女が呆気にとられる。
「最初の言葉がそれですか――シジマの作った頭部プロテクターです。魔女の帽子に似せた自信作だそうですよ」
「なぜ来た」
「理由が必要ですか?黙って行ってしまうなんて酷い人。皆、来てますよ、先ほどまで弾幕がひどくて降りることができなかったのです。崖の上のケルビたちのおかげで――」
ユスラは、ラピィがうっすらを眼を開いて彼女を見ていることに気づいた。
「空から見ていました。アキオを守ってくれてありがとう。それに素晴らしい武器を運んでくれましたね。あとは任せて、あなたはしばらく眠ってください。きっとあなたの力が必要になります」
少女の言葉が伝わったのか、ケルビはゆっくりと眼を閉じた。
すぐ近くまで、無数のロボットの群れが近づいて来た。
同士討ちを避けるためか、銃器は使用せず、数の力ですべてを破壊しながら、津波のように突き進んでくる。
「アキオ」
ユスラは彼の手を引いて立たせると、ラピイに向けて白いカプセルを投げた。
小さく炸裂音がして、ケルビの巨体が白いドーム状の膜につつまれた。
光学迷彩が発動し、見えなくなる。
「改良型コクーンは強度もあるので、しばらくは安全でしょう。さすが、シジマの発明です――さきに伝えておきますね。いま、アルメデさまは塹壕におられます。キューブを手にいれられたそうです。あとは脱出するだけですが、そのためには、あのロボットを何とかしなければなりません。さあ――」
少女は、アキオの腕に触れた。
「アキオ、彼女が運んできたコンバット・キャリッジがそこに。御者台に汎用機動砲システムの射出スイッチがあります」
「わかった」
アキオは、ユスラを抱くと、ラピイの置いた馬車に走った。
少女を降ろし、御者台に飛び乗って、コマンド・パネルを操作する。
銀色の馬車の後部から、巨大な漆黒の塊が飛び出した。
8輪のランフラットタイヤが装備された自走車両だ。
上部から、レイル・キャノン砲台が滑らかにせり出し、美しく回転する。
アキオは、砲台に飛び乗ると席におさまった。
形は少し違うが、かつて彼が地球で使っていたものと同じ操作系の武器だ。
「いつのまに、こんなものを」
「シジマが地球の武器システムを参考に作ったのです。この時のために。名称はアグニだそうです」
後から飛び乗ったユスラが説明する。
アキオはうなずくと、迫りくるロボットの群れに向けて迎撃を始めた。
砲声は、それほど音は大きくないが、威力は絶大だ。
狙った一台だけでなく、ロボットを貫通し、後方のロボットも行動不能となっていく。
彼の指先ひとつで、砲台は自在に回転し、砲身が遅滞なく追従する。
凄まじい数の弾丸が、ロボットを襲っていく。
「この弾はなんだ。銃サイズの反動しかないのに、砲クラスの威力がある」
「シジマに渡された資料だと、弾丸が、飛行中に、その土地のPSを取り込んで、大型化して敵に甚大な被害を与える魔法の武器、だそうです」
「砲弾と思って使えということだな」
「はい――アキオ、指示、よろしいですか」
「頼む」
「左20度、塹壕横のロボットMGSへATM発射」
アグニの側面パネルが開いて、ハニカム状にぎっしり並んだ小型ミサイルが現れ、直ちに発射される。
「右18度、上方、崖上」
「左20度、崖際倉庫扉、直上、飛行ドローン来襲」
矢継ぎ早に指示されるミサイル攻撃を、レイル・キャノンを討つ手を止めずにアキオは撃ち続けた。
上部から放たれる重火器攻撃と、前後左右から、ほぼ、まんべんなく連続発射される小型ミサイルの炎で、インド神話の火神の名を持つ兵器は、その名の通り炎に包まれる。
「残存敵総数、およそ3万5千。あと半分です。どんどんいきましょう」
アキオは、一瞬、少女を見た。
ユスラは、耳に指を当て、見えない相手と何事か話している。
彼も、さまざまな上官のもとで戦ってきたが、彼女ほど、優秀な指揮官には出会ったことがない。
今も少女は、彼に、攻撃対象を指示する合間に、他の少女たちに対する行動指示も発し続けているのだ。
「さすがだな」
アキオの正直な感想にユスラは微笑んだ。
「わたしには、これしか能がないのです。ですが、今は嬉しく想います。アキオの役に立てる――」
少女の言葉が途切れる。
アキオが視線を向けると、ユスラはデッキに膝をついていた。
「ユスラ」
「だ……丈夫です」
そう言いながら床に倒れこむ。
キラル昏睡の発作が始まったのだ。




