253.矜持
強化魔法を発動したラピィは、銀の鎧に包まれる、彼女よりひとまわり大きな仲間を見た。
彼らの眼に知性は感じられない。
生体波動で直接話かけても何の反応もない。
ただ、激しい感情が返って来るだけだ。
おそらく――ラピィの胸に、改めて怒りがこみ上げてくる。
何者かが、彼女の誇り高き同胞たちに、脳改造をほどこし操っているのだ。
ラピイは再び咆哮を上げ、残り10体のエクソ・ケルビに向けて突進した。
巨体からは考えられない速さで駆ける。
走りながら、頭上に雷球と火球を同時に出現させた。
もちろん、ケルビは、生まれながらにして魔法を使うことができる。
人間のイニシエーションや、ゴランのような魔獣が行う、仲間を殺して食らうことでドレキを体内に入れる、などといった野蛮な行為など必要とせずに――
彼女たちケルビは、ドラッド・ジュノスの正式な後継者として生み出された種なのだ。
通常の生活では、魔法など使う必要がないし、その気もないため、人間はケルビが魔法使いであることを知らない。
彼女の雷球を見ても、ケルビたちは自分たちで魔法を使おうとはしなかった。
彼女の推測通り、ケルビが魔法を使うことを知らない者によって脳に手を加えられたために、もう使えなくなっているのだろう。
ラピィは、豊富なマキュラを糧に、巨大な雷球と火球を育て上げると同胞の群れに投げつけた。
銀の装甲に包まれた巨体には、あまり効果がないようだが、それでも、怯ませることはできる。
そこへ、彼女が強化された身体で体当たりした。
ラピィの体内にはナノ・マシンがある。
そのため、戦闘時には自動的にナノ強化が為されている。
今は、さらに、それに強化魔法が上掛けされて、身体強度と力は凄まじいものとなっているのだ。
彼女が体当たりすると、先頭のエクソ・ケルビがふっとんだ。
荒地の地面を、砂煙を立てながら転がっていく。
死にはしないが、衝撃の激しさに口から泡を吹いて、なかなか起き上がることができない。
残りのエクソ・ケルビが、身体に仕込まれたレイル・ガンを撃ってくるが、ラピイの光球に邪魔されて、なかなか当てることはできない。
たまに弾丸が彼女の身体を貫通するが、元々強い回復力のケルビの肉体が、ナノ・マシンによって強化されているため、瞬時に回復して戦闘に影響は出ない。
ラピィは次々と正気を失った同胞を倒していく。
とうとう、最後の一体となった。
あと一体、それで彼女のアキオは安全になる。
そう思って、最後に残った、一際巨大なケルビと向きあった時、それはやってきた。
突然、足に力が入らなくなり、片眼が見えなくなった。
視界がにじむ。
意識が遠のく。
これまでに何度も経験した病気の発症だ。
アキオは、それをキラル症候群と呼んでいる。
最後の敵を前にして、今までで最大の発作が彼女を襲ったのだ。
ラピィは、前足を折り、ゆっくりと横倒しになった。
頭上で輝いていた大きな2つの光球が消え去る。
巨大なエクソ・ケルビは、ラピイにとびかかった。
意識が朦朧となっている彼女を蹴り、踏みつける。
怒りに狂った巨大ケルビの滅茶苦茶な攻撃が、ラピィの前足に集中し、ついに鈍い音を立てて、彼女の左前足がちぎれ飛んだ。
血が噴き出す。
血を見てさらに興奮し、残忍な光を目に宿したケルビは、ラピイの頭を踏みつぶそうと鎧に包まれた巨大な脚を振り上げた。
ラピィは目を閉じない。
誇り高い生き物は、恐怖に目を閉じて死にはしないのだ。
その彼女の霞む目に、ケルビに立ちはだかる黒い影が映った。
アキオだ。
手には、鈍色に塗られた武器を持っている。
彼は、踏み下ろそうとする足を、下から受け止めると、大きくそれを押し返し、宙に浮いた巨大な足に両手でつかまって、素早く一回転した。
それだけで、ケルビの前足が関節から切断され、血が吹きでる。
そのままアキオは、足を蹴ってケルビの肩に乗ると、今度は首をひと周りした。
血走ったエクソ・ケルビの眼が一瞬強張り、その表情のまま首が切断されて地面に転がった。
アキオは吹き出る血がラピィにかからないように、ケルビの肩を蹴って、反対側に倒した。
素早くラピィに走り寄って、足の切断面に治療用コクーンを張る。
これで、傷は時間をかければ治癒するだろう。
だが――
彼は、穏やかな表情のラピイを見て首に手を当てた。
これほどの大きな発作を起こしてしまったら、もう脳波刺激だけでは、彼女の意識を保つことはできないだろう。
最後の時が近づいている。
アキオがラピィを見つめ、ラピィがアキオを見た。
だが、事態は彼ら二人の別れを待ってはくれない。
今度は、崖の上から、ロボット兵器が荒野に向かって無差別のレイル・ガン攻撃を始める。
アキオは、コートを広げて、ラピィの頭部に弾丸が当たらないように覆った。
時とともに、銃撃は激しさを増していく。
何とかして、あの攻撃を止めねばならない。
だが、ここを離れれば、身体の大きなラピィは集中砲火を受けるだろう。
「馬鹿野郎」
突然、背後から声がかかる。
「ノランか」
振り返らずに、アキオが応えた。
「こんなところで何をしている」
「大事なものを守っている」
「おまえ……」
その時、突然、ラピィがアキオを押しのけて半身を起こし、声にならない何かを体から発した。
その途端、崖の上に並んで銃を撃っていたロボットが、派手に吹っ飛ばされて荒野に落ち始める。
「なんだ」
仮面を着けて、望遠で崖を見たノランの眼に、数十体のケルビが、崖の上で暴れる姿が映った。
派手に雷球を飛ばしている者もいる。
「ケルビが集団で暴れるところなんて見たことがない」
だが、そのおかげで、荒野に降り注ぐ弾丸は少なくなった。
「奴らも頑張ってくれているが、数が多すぎるな。まだ数万は上にいる」
ノランが言うと同時に、水が流れ込むようにロボットが崖を下り始めた。
物凄い数だ。
「まずい、あの様子じゃ、あいつら敵味方の区別をつけちゃいない。ここには俺の仲間もいるんだ。いったいどうすれば――」
「どうするかは、わたしが指示します。あなたは、それを実行しなさい。騎士ノラン・ジュード」
背後から響く声に振り返った男の眼が大きく見開かれた。
そこには、彼の、ただ一人の主であるユスラ姫が、つばのある奇妙な帽子を頭に乗せ、柔らかで美しいピンク色の髪を風になびかせながら静かに立っていたのだった。




