252.襲来
「ああ、やはり似ていますね」
女王の顔を見て、魔女の口調が少し柔らかくなる。
その言葉の意味に気づいてメキアが叫んだ。
「素体はどこにいる!」
「ソタイ……愚劣な呼び名です。彼女には愛する人に名付けてもらった大切な名前がある。カマラ。これからはそう呼びなさい――ノキア?」
「メキアだ、無礼者。小娘が!」
西の国女王の罵声に少女は微笑むと、まっすぐに彼女と向きあった。
「まあ嬉しい、わたしを年少者扱いしてくれるのですね、あなたは。こんなことは50年ぶりです」
それは穏やかではあったが、抑えきれない威厳が込められた言葉だった。
「魔女――名を名乗りなさい」
金色の少女が全身から発する威圧感に負けずに、メキアが問う。
さすがに大国西の国の女王だけのことはある、たいしたものだ――最大限に身の危険を感じながらも、幼馴染の王らしい振舞いにノアスの口元が微妙に緩む。
「わたし?ただの魔女です――ですが、もし名を知りたいのなら教えましょう。アルメデ、それが我が名です」
「愚かな。それはニューメアの女王の名でしょう」
「そうです。残念ながら」
「キルス宰相は?」
「わたしの部下――」
「訳がわからない」
話しながら、メキアはゆっくりと移動していき、黄金の少女もそれにつれて位置を変えていく。
「いろいろあるのです。120年に及ぶ複雑な問題が」
「おまえは偽物だ。女王が魔女のはずがない。王族の名をかたるのは重罪――今です」
メキアの合図に合わせて、マイスが椅子のひじ掛けにあるスイッチを押した。
部屋に入った時に説明した、入口から来た敵を撃退する武器の話をメキアが覚えていて、その位置へ黄金の魔女を誘導たのだ。
大きな音がして、部屋のあちこちから銀の杭が発射された。
咄嗟に、魔女は杭の半数近くを叩き落としたが、何本かは金色の細い身体を貫く。
「無駄です」
少女は、体に刺さった杭を事も無げに抜くと、地面に投げ捨てた。
「それでも死なないの」
今度は震えながらメキアが尋ねた。
「死にません。ナノクラフトのおかげで」
「い、痛みぐらい感じなさい」
「感じていますよ。でも、生きながら身体を焼かれる痛みに比べれば、この程度は、なんでもありません」
そういって、少女は金色の手を広げて見つめる。
「小細工も駆け引きも不要です。普段のわたしはもう少し温厚なのですが、今は、かなりの痛みで気が立っています。手加減は――」
言いながら、攻撃に連動してやってきたガード・ロボットが、背後から飛びかかるのを手刀で真っ二つにする。
破片をまき散らすロボットが空中にある間にさらに二回斬り着けて6分割した。
「できそうにありませんし、したくもない気分です」
そういって、メキアに近づく。
「それで答えは。二度はいいません」
アルメデは、自分の指先を見てから、軽く一振りすると、バルコニー・ルームとモノ・キャリッジの発着所を隔てる壁が微塵に吹き飛んだ。
少女は、指先から細く伸びたヘレン合金の刃を戻しながら独り言のようにつぶやく。
「こんな、暴力で脅すようなことは嫌いです。胸が悪くなります。でも――わたしにとって一番はあの人の命、二番はあの人が望むようにすること。だから誰が死んでも、何万人死んでもキューブは手に入れます。すでに元の世界で、100年をかけて数十万人の兵士を死地へ送り出してきた身なのですから――」
その冷えた言葉にメキアは震えあがった。
そこには、疑似海戦の結果に従って、自国の国民を、数百人単位に殺害するだけの偽物の戦争を行ってきた自分とは一線を画す鋼鉄の意思が存在したからだ。
黄金の少女は、メキアに手を差し出した。
「キューブを」
「我々の命の保証は」
横からノアスが問う。
「キューブ以外、何の興味もありません。どこへなりとお行きなさい」
ノアスは、壊れた壁を踏み越えてモノ・キャリッジに近づき、車内からゼビス=データ・キューブを取り出した。
本来、何か事があれば、キャリッジだけを走らせて、ゼビスを敵に追わせ、その間に逃走する予定だったのだ。
だが、敵がここまで圧倒的なら是非もない。
まず、確保するのはメキア女王の安全だ。
「どうぞ」
ノアスがキューブを差し出す。
「待って!」
メキアが必死の形相で叫んでキューブを奪い取った。
しっかりと体に抱きしめる。
「ゼビスと交換に素体――カマラを」
震える声で懇願する。
「それはダメです」
アルメデは静かに言い、
「あなたは、王女病の治療のためにカマラが必要だと考えているのですね」
「なぜそれを」
「わたしはニューメアの王ですよ。それぐらいは知っています」
実は、この世界でドローンを通じてアキオと接触するまで、カマラという少女が、自国のクローン技術で生み出されたことを、彼女は知らされてはいなかった。
すべてはカイネの独断だったからだ。
城でAIに調べさせて、アルメデは、初めてカマラが17年前に科学の力で生み出されたことを知った。
詳細はデータ化されていなかったが、王女病という奇病の噂、女王のクローン化、と情報を得れば自ずと答えは見えてくる。
西の国の女王は、来るべき病の治療のために、体の予備パーツとしてカマラを生み出したのだ。
「その必要はありません。王女病は治ります」
「本当に!」
メキアが悲鳴のような声を上げる。
アルメデはうなずいた。
ナノ・マシンを使いさえすれば、およそ治療できない病気はない。
彼女のアキオが、そのためだけに数百年を費やして開発したシステムなのだ。
現在は、キラル症候群という問題が発生しているが、それもデータ・キューブさえあれば克服できるとアキオは言った。
彼が断言したなら、それは真実だ。
アルメデは、誠意をこめて言う。
「そのキューブ、ゼビスさえあれば、カマラに関係なく王女病の治療もできるのです――さあ」
優しく促されて、ついに藍色の髪の女王は、虹色のデータ・キューブを黄金の少女に渡した。
「ありがとう」
だが、その言葉が終わらないうちに、崖を取り囲んだ無数のガード・ロボットが、荒野に向けて激しくレイル・ガンを撃ち始める。
「あなたの仕業ですか」
アルメデに尋ねられ、マイスは手にした端末に指を触れる。
「マイス」
「どうやら、勝手に動き出しているようです。止められません」
「クラッキングされたのですね」
「それは――」
「乗っ取られたのです」
「おそらく、あの巨大な乗り物に乗っているルミレシア女王とコラド・ドミニスの仕業でしょう」
メキアが腹立たし気に言う。
「コラド――あの子があれに……ロボットの総数は何体ですか」
「10万体……崖の上には7万体残っています」
マイスが答えた。
「ルミレシアは、わたしたちの兵士がどうなっても良いと考えているのです」
メキアが拳を握りしめた。
その横顔を見てアルメデは、
「やはり似たところがありますね」
黄金に輝く顔に微笑みを浮かべる。
「これで、西の国と我が――」
アルメデが少し考えて言う。
「名無し国の同盟は成りました」
そう言って、青い空を見上げる。
「あなたの兵は任せなさい。幸い、あのロボットなら扱いはよく知っています」
金色の魔女は、西の国の女王に向かって、呪文のような言葉を残し、杖に乗って飛び立っていく。
「アトンドレ・エ・エスペリ!」
それは、地球で最も有名な別れの言葉だった。
――待テ、而シテ希望セヨ!




