251.露台
巨大な戦車を目にして、女王メキアは反射的に対面のバルコニーのサンクトレイカ女王を見た。
「マイス、ルミレシアがいません」
「そのようですな――おそらく、あの乗り物に乗っているのでしょう」
男は、奇妙な形の髭を撫でつけると続ける。
「キルス宰相との取り決めでは、この封印の氷作戦では、わたしが総司令で、サンクトレイカの狙撃兵以外は、すべてわたしの指揮下にあることになっているのです。あんなものは聞いたことがありませんな」
「それで、どうするのです」
メキアがきつい口調で尋ねる。
「我が方のIソルジャーは、ほぼ壊滅状態、硬化外骨格部隊は無事ですが、なぜかノランが攻撃を止めているようです。とりあえずは、あの兵器が魔王を攻撃している間は様子を――」
マイスは、手にした装置に眼を落しながら言う。
「しかし、あの化け物は、魔王だけでなく荒地全体を攻撃し始めましたよ」
戦車が全砲門を使って荒地を攻撃し、崖から落ちた魔王ごと、彼らの部隊を殲滅しようとするのを見て、メキアは声を荒らげた。
「確かに。このままでは、サンドルも殺されてしまいますね。あ、しかし、女王さま、あれをご覧ください」
ノアスがディスプレイを指さす。
そこでは、ノラン・ジュードに従う女兵士の命令に従って硬化外骨格部隊が、手早く塹壕を掘って、その中に生き残った兵士を集めていく姿が映っていた。
ノアスも渡された資料で、戦地で銃弾と砲撃を避ける塹壕のことは知っている。
その内部には、義弟ニル・サンドルとヨスル・ド・コントの姿もあった。
「とりあえず、魔法部隊も硬化外骨格部隊も、塹壕に入って無事なようですな。残りの硬化外骨格部隊は逃げ散ったようですが――」
「あれは何ですか。ノラン・ジュードが魔王を助けているように見えますが」
西の国の女王がディスプレイを見て言う。
「まあ、こうなるような気はしていましたが――」
「ノアス!」
「しかし、あの攻撃を連続で受け続ければ、遠からずノランもやられてしまうでしょう」
だが、彼らの見守る巨大ディスプレイの中では、復活した魔王がノランを担いで塹壕へ運び、素晴らしい速さで巨大兵器に向けて走り出す姿が映し出される。
魔王が戦車にとりつくと、豪雨のような、荒野に対する無差別攻撃は止んだ。
それからしばらく後――
「それで、これからどうするつもりなのです。総司令」
巨大兵器の足下で、銀色に輝くケルビの群れと対峙する魔王をディスプレイで見ながら皮肉たっぷりにメキアが言った。
「今の展開は、まったくわたしの予想もつかないものです。おそらくサンクトレイカ女王とコラド・ドミニスが手を組んで、かってに魔王を討とうとしているのでしょう」
「コラドが造った気味の悪い生き物に頼らず、ロボット兵器を使いなさい。先に荒地に降ろしたものは、さっきの攻撃を受けたようですが、まだ相当数が崖上に残っているはずですね」
ノアスは、手にした薄い装置に目を落とした。
「荒地に降りて破壊されたのが3万体。まだ崖の上に7万体が残っています」
「ならば、それで、ケルビごと魔王を攻撃しなさい」
マイスは、困ったように頭に手をやった。
負けん気の強い、幼馴染の女王の気持ちはよくわかる。
彼女は、いかに魔王といえども、強化されたケルビの群れには敵わないと思っているのだ。
このままだと魔王は倒され、ルミレシアに捕まってしまうだろう。
だが、それでは彼女がサンクトレイカ女王に負けたことになってしまう。
彼女は、はるかに年下の小娘に負けることが我慢ならないのだ。
しかし、ノアスにとって、そんなことは些末なことだ。
要は、素体を手に入れられさえすれば良い。
女王病の治療のために。
それが最重要事項だ。
いま、魔王は、鎧を身に着けたケルビと戦っている。
彼の考えでは、何もせずにサンクトレイカ側に手柄をあげさせるのが最良の策だった。
名を捨てて実を取る、これに限る。
それに――実のところ、マイスはサンクトレイカの巨大戦車が次々と繰り出す兵器を見ながら、なぜか胸騒ぎがしてならなかったのだ。
このまま、何事もなく魔王が倒されて決着がついてしまうという気がまるでしない。
が、マイスは口調を真剣なものに変えて、彼の思いと違う言葉を口にした。
彼の予感をメキアが理解するとは思えないからだ。
「女王さま、いま現在、我々は、先ほど魔王を助けた金色の魔女を見失っています。金髪碧眼の容姿から、あれが素体でないことはわかっていますが、また他の魔女が、あるいは素体自身が魔王を助けるために現れないとも限りません」
「つまり、魔王を助けにきた魔女を捕まえるために余力を残しておく、ということですか」
「そういうことです」
自信たっぷりに嘘の言葉を放つ自分自身に多少の嫌悪感を感じながら、マイスはうなずいた。
話しながらマイスは気づいたのだ。
彼が恐れているのは、魔王自身ではなく、魔王に異常な憎しみを抱いているキルス宰相であることを。
この巨大な兵器については、あの男がわざと彼に隠して作らせたとは思わない。
思わないが、おそらくキルスは知っていただろう。
知っていて、ルミレシアとコラド・ドミニスに好きにやらせているのだ。
魔王を倒す可能性を、少しでも上げられるなら、奴は他のことは気にしない。
だが、それゆえに、封印の氷作戦が失敗した時が恐ろしい。
このまま魔王が倒されれば良いが、もし逃げられるようなことにでもなれば、あの男が、どんな破滅的な高位魔法を使うか知れたものではない――
だから、ロボット兵は、その時の保険として温存しておくべきなのだ。
「崖の上に敵が進入しました。ロボット兵を弾き飛ばして崖際に近づいています」
マイスが手に持つ装置から報告の声が響いた。
「映せますか」
メキアの言葉に合わせるように、ディスプレイに1体のケルビが、グレイ・ガーディアンを跳ねのけながら崖上に姿を現すところが映った。
背後に小型の四輪車両を引いている。
ケルビは、たちまち崖の淵を越え、崖の下に向けて走り下りていく。
「あれはなんです」
「わかりませんが――魔王の味方でしょうな」
馬車は魔王とケルビの間で停まった。
「いったい――」
西の国の女王は、言葉を最後まで発することはできなかった。
いきなり大きな音がして、荒地と露台を隔てる風防が吹っ飛び、金色の少女が姿を現したからだ。
「ノック・ノック」
美少女はそう言って、続ける。
「フーズ・ゼア――という型通りの冗談はやめておきましょう。その藍色の髪、西の国の女王ですね」
全身を金色に輝かせながら、短髪の少女は毅然とした口調で命じた。
「一度しかいいません。アキオのキューブを返しなさい」




