250.巨体
アキオは、銀色に光る巨大なケルビの群れを見た。
その雰囲気は、かつて中世地球で使われ、彼自身もT地帯で使ったことのある馬鎧を身に着けた馬に似ている。
もちろん、大きさは桁違いだし、その攻撃力に至っては想像もつかないほど強力だろう。
マンモスが鎧を身にまとっているようなものだ。
1体ずつが小山のように巨大な彼らが群れをなしていると、まるで銀色に輝く山脈のように見えて、何体いるのかもすぐには把握できない。
彼は、群れを成すケルビたちの眼が、普段の知性を失って、異様に怒りに濁っていることに気づいた。
おそらく、何らかの科学的な処置を受けているのだろう。
この世界に来て、さまざまな敵と戦ってきた彼も、温厚で知的なケルビとは戦ったことはない。
体の大きさからいっても、その無尽蔵な体力から考えても、ケルビはこの世界最強の生物に間違いないだろう。
敵の嫌がることをするのが戦闘の基本だが、その意味で、敵の指揮官は良いセンスをしている。
もちろんアキオは、それらを怒れるケルビの前で、長々と考えていたわけでなかった。
敵の姿を見るなり、後方に回転しながら、素早く距離を取っている。
下がりながらケルビの数を確認した。
20体――
1体でも難敵であるのに、いま、彼の目の前には20体の怒れるケルビが立っているのだ。
しかも、彼らは、全員が硬化外骨格にその全身を包んでいる。
基本的に、硬化外骨格は、それをまとう者の地力を50倍程度増幅すると言われていた。
彼の、地球兵士時代の知識だが、それほど変わってはいないだろう。
それをアラント大陸最強の生物が使おうとしているのだ。
対して、アキオの武器は、避雷器1、レイルガン1、残り弾倉3、銀針5本、ナノワイヤー1のみだ。
レイルライフルはゴランに弾き飛ばされ、単分子ワイヤーは使い切った。
加えて、N.M.C.使用後の身体は、背中に修復困難な大穴が開いて戦闘能力は平時の半分程度に落ちている。
絶望的な戦力差だった。
アキオは、燃える目で彼を見つめ、怒りのうめき声をあげるケルビたちを見た。
唇の端をかすかに釣り上げて皮肉な笑いを見せる。
絶望的でも、諦めるわけにはいかない。
予備動作を見せずに、先頭のケルビが突っ込んできた。
その体格からは考えらえない素早さだ。
左に跳んで避けたアキオに、2体目のケルビが走り寄ってくる。
ケルビたちは、余計な作戦を立てずに、真っ向から体力にあかせた攻撃を仕掛けてきたのだ。
今の彼の体力程度では、正面から小山のようなケルビに体当たりされたら、運動エネルギーを消しきれずに複数の内臓を破裂させてしまうだろう。
踏みつぶされば、腕や足は千切れるはずだ。
それがわかっているから、ケルビたちは姑息な攻撃を仕掛けない。
単純な戦いでは、身体が大きく力の強いものが勝つ、それが真理だ。
例外は――
アキオは、前によろめいた振りをしながら、右手をつくと、角度を変えて空高く跳ね上がった。
だが、着地した地点には、すでに他のケルビが走りこんできている。
すばらしいコンビネーションだった。
あらかじめ打ち合わせてやっているのではないのだろうが、もともと頭の良い生き物らしい連携攻撃だ。
それを、体を捻ってきわどく躱し、走り去る足の間に入り込むと、抜く手も見せずP336を取り出して、前膝の裏の装甲が一番薄い部分めがけて、8連射した。
銃声が一発にしか聴こえないほどの速射だ。
5発で装甲が吹き飛び、8発目で脚が千切れ飛んだ。
前のめりになるケルビの身体から抜け出すと、今度は後ろ脚を狙って撃つ。
前脚と後脚を一本ずつ失ったケルビは倒れて動かなくなる。
地面を駆け、跳ねながら弾倉を交換しつつ、同様に3体のケルビを行動不能にしたアキオは、P336をホルダーに落とし込んだ。
冷却時間を無視して連続使用したために、拳銃がシャット・ダウンしたのだ。
マガジンはあと2つあるが、しばらく銃は使えないだろう。
武器を無くしたアキオだが、救いは、ケルビが本来有している知能をまったく使わず、闘争本能だけで攻撃を加えていることだった。
今になって、倒れた4体のケルビが、肩に組み込まれたレイル・キャノンを撃ち始めるが、彼のスピードなら、銃ならともかく、砲門では捉えることはできない。
だが、ケルビは、まだ16体残っている。
突然、アキオは、足を取られた。
おかしな形に足を捻って地面に倒れこんだ。
骨と健が断裂する。
足元をみると、緑色をした何か粘着質な物体で地面に縫い留められていた。
少し離れたケルビが、足元のパイプから、彼めがけてその物質を放出している。
足の速い敵の動きを止める隠し玉なのだろう。
当然、考慮に入れておくべき策略にまんまとひっかかってしまった。
早く外さないとケルビに踏みつぶされてしまう。
もちろん、対抗策はある。
だが、策を講じる前に、アキオは背後から、強烈な攻撃を受けてしまった。
ケルビのレイル・キャノンの直撃だ。
二発、三発と連続で直撃を受けて、臓器がかなりのダメージを受けた。
これ以上は危険だ。
だが、足を自由にしようにも、その隙を与えてくれない。
四発、五発、肩間接が破壊され、肺がつぶれた。
血を吐き散らす。
いきなり、銃撃がやんだ。
耳元で、ガンガンと金属が叩かれる音がする。
「大丈夫ですか、ボス」
音の合間に落ち着いた女性の声が響いた。
紅良だ。
彼女がアキオの前に立ちふさがって、真紅のシールドを広げて、彼を守っている。
「武器は残っているか」
「ミサイル二発は使用不可、銃も破損、小型戦斧のみ使用可」
「出してくれ」
そう言って、アキオは、アーム・バンドに触れた。
ナノ・ブーツに命じて、一時的に摩擦係数を下げる。
変形したカウルを破壊しながらナノ・ハチェットの柄が姿を現した。
「敵が走ってきます。急いで」
するりと離れた粘着物質を蹴り飛ばすと、アキオは立ち上がった。
ハチェットを手に取る。
身体の修復はなんとか終わっているが、震えるほど身体が冷えて腹も空いていた。
「ご武運を――」
そういうと、紅良は、無事な後輪を滑らせて車体を回転させ、アキオを弾き飛ばした。
宙を飛び、片手を地面について着地する彼の目に、真紅の二輪がケルビに弾き飛ばされる姿が見えた。
アキオはそれを見ると、一瞬目を閉じ、手にした戦斧を一振りする。
レイル・キャノンを避けて走り出した。
身体の重心を低くして、トラクションをかかりやすくしたアキオは、残像も残らない速さでケルビに向かう。
ハチェットは少年兵の頃から使い慣れた武器だ。
最も近いケルビの足元に飛び込むと、目まぐるしく動く巨大な足の周りを一周する。
それだけで、ケルビの足は千切れ跳んだ。
ナノ・マシンによって、常に研ぎ澄まされた状態を保つ手斧は、凄まじいアキオの膂力とスピードで最高の武器になるのだ。
アキオは、素晴らしい速度で荒野を駆け、ケルビを行動不能にしていった。
しかし、さすがの彼も、10体目のケルビを倒した時に体力の限界がやって来た。
足が止まる一瞬を狙ったケルビの体当たりを喰らう。
20メートルほど吹っ飛ばされた彼は、地面との激突を覚悟した。
もはや受け身をとれないほど疲労が蓄積しているのだ。
目を開こうとするが体がいうことをきかない。
だが、彼は地面には落ちなかった。
硬い皮膚を持つ何かに優しく受け止められ、静かに地面に降ろされる。
立ち上がろうとする彼を、それは上から押さえて、寝たままでいろというように、穏やかな声を出した。
ああ――
アキオは手を伸ばし、懐かしい、彼のラピィの鼻先に触れる。
ケルビの女王は――動きを止めて彼女を見つめる醜い金属に身を包んだ同胞を見渡した。
顎で肩にあるハーネスのリリース・ボタンを押してキャリッジから解放されると、ゆっくりと前に歩み出る。
そして――全身を震わせて巨大な咆哮を野に放った。
それは、過去2000年のケルビ体の歴史において、初めて上げられた怒りの叫びだった。
その凄まじい怒号は、荒野の空気を震わせ、岩を砕き、猛り立ったエクソ・ケルビを数歩後ろに下がらせる。
ラピィは、燃える瞳で同胞を睨みつけると、荒野の濃厚なPSを使って、全身から青白い炎を噴き上げながら、凄まじい強化魔法を発動した――




