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249.薄布

 アルメデ――コラドのつぶやきを聞いて、サンクトレイカ女王ルミレシアは首をかしげた。


 その名は、秘密の薄布ヴェールに包まれた、アラント大陸最大の謎のひとつ、ニューメア王国女王の名だったからだ。


 かつてカスバス王国と呼ばれたニューメアは、長らく他国との交易(こうえき)に熱心ではなく、わずかに西の国(サイアノス)とのみ、乾物製品のやり取りを細々(ほそぼそ)と行っていた国だった。


 金属を産出(さんしゅつ)しないため、ろくな武器を持たないものの、他の三国と地理的に離れているため侵略も受けなかったカスバスは、文化、軍事的に遅れた国として、長らく他国から一段低く見られていた。


 だが、20年前、突然、支配者の交代が穏健おんけんに行われ、ニューメアと名を変えたとたん、高位魔法カガクという不思議な術を使って、圧倒的な存在感を示し始めたのだった。


 サンクトレイカ先王シゲルソンは、他国に先駆けて、王国内で容易に手に入る金属と交換に、便利なニューメアの製品を積極的に輸入し始め、サンクトレイカの生活水準は格段に向上した。


 交易や交渉は、常に使者がサンクトレイカにやって来て行われ、ニューメアに入国することは許されず、女王アルメデのみならず、宰相キルスにさえ、他国の者が謁見えっけんすることはかなわなかった。


 だからこそ――アルメデ女王、それは名ばかり喧伝けんでんされて実体のない幻のような存在だったのだ。


 いわく絶世の美女である、いわく20年を経てまったく年を取らない不老者、いわくニューメア王国最大の戦士――そのすべてが疑わしく、存在すら疑問視されている謎の人物だった。


 その女性が、今、目の前の巨大なディスプレイに大写しにされている。


 ニューメア最高の科学者のひとりである、コラド・ドミニスの言葉であるから、間違いはないだろうが、ルミレシアは、にわかに信じられなかった。


 濃紺の、細身の戦闘服に包まれた(からだ)つきは若々しく、頭部を優しく覆う短い髪は陽光に輝く美しい金髪だった。

 瞳の色は、真冬のサンクトレイカの早朝に、たまに見られる、抜けるような空の蒼色(あおいろ)だ。

 顔つきにはまだ幼さが残っている。


 つまり、コラドがアルメデと呼んだのは、年の頃16,7歳の絶世の美少女だったのだ。


 あり得ないことだ。


 ニューメア女王アルメデは、20年前にすでに女王であったのだから。


 それが事実なら、アルメデは年を取っていない――


 しかし、サンクトレイカ女王は、直後にさらに信じられないものを目撃する。


 美少女が、凄まじい身体能力で、人間ではかなうはずのないエクソ・ゴラン7体をたちまちほふってしまったのだ。


「コラド、あれは本当に――」

「続けて(イモータル)ゴランを出せ、今、稼働かどうできるものすべてだ」

 だが、ニューメアの科学者は、彼女の言葉を聞いてはいなかった。

 酔ったような表情で、ディスプレイを見つめ、嬉々として命令を発している。

「さすがに(イモータル)ソルジャーは手に負えないでしょうか?いや、しかし、アルメデさまなら――」

「コラド――」

「何です!」

 科学者は、ルミレシアをにらみつけた。

「あれは、本当に、ニューメア女王なのですか」

「え、ああ、確かに、あのお方はニューメア女王アルメデさまであらせられますよ。世界でただ一人、アラントを()べる資格のある至高しこうのお方です」

 およそ、他国の女王に向かって放つべき言葉ではないが、科学者は、まったく意に介していないようだ。


 どうやら、コラドは、盲目的にニューメア女王を(した)っているらしい。

 ()せないのは、なぜ愛する女性にゴランをけしかけているかだ。


「おお」

 突然の叫び声に、ルミレシアは現実に引き戻される。

 ディスプレイには、全身を金色に輝かせた美しいアルメデが、手足のみで、Iゴランを紙人形のように切断する姿が映っていた。


「あれはなんだ?あんなものは見たことがない。おそらく金属を全身にコーティングしているのだろう。そのエンジンは――ナノ・マシンか」

 科学者の言っていることは、かいもく理解できないが、彼が興奮していることは分かる。


 見る間に、コラド自慢の怪物たちは、体を破壊されてデッキに転がった。

 身体を二つに裂かれ、倒れながらも大きな叫び声をあげているところを見ると、死んではいないらしい。


 金色の美少女は、魔王に走り寄ると、二言三言ふたことみこと会話を交わして、床に置かれていた棒状の乗り物につかまって空に飛び立った。


「敵一名デッキより離脱りだつを確認。側面雷球アラメイ砲および中距離砲で砲撃」

 あらかじめ決められた攻撃指令によって、アルメデに豪雨のような集中砲火が浴びせかけられる。

「待ちなさい。誰が攻撃しろといいましたか」

 コラドが慌てて止めるが攻撃は止まない。


 だが、黄金の女王はきわどくも美しく攻撃を回避すると、杖型ロケットで空を駆けながら、側面砲台を破壊し始めた。


 すべての砲台が沈黙すると、デッキ最上部に降り立って、今度は中型砲と大型固定砲台も破壊していく。


「お前たちが余計な攻撃をするから、無駄に砲台が破壊されたではないですか」

 科学者は苦情を口にするが、その口調は上機嫌じょうきげんだった。

「こんなことでよいのですか」

 ルミレシアが尋ねると、さらに上機嫌になって答える。

「もともと砲台はすべて見せかけの武器なのですよ。このバルバロスにおいては」

「見せかけ――」

 ルミレシアはつぶやく。

「あなたは、()()()()()をわたしに隠しているのですね」

 声に怒りをにじませた。

 膨大な資金と金属を出したサンクトレイカに隠し事をするなどあってはならないではないか。


「ああ、どうかお怒りをお沈めください。すぐにお見せできると思いますから」

 そう言って、科学者は陰気な顔に微笑みを浮かべた。

「あらかじめ知っているより、驚き(サプライズ)があった方が楽しいでしょう――蜘蛛の子(スピネン・キント)計画を始めます。まずホイシュレッケを起動――ああ、女王さまは飛んで行かれましたね。魔王は荒野に降りましたか……」

 ディスプレイを見ながらそう呟くと、痩せた科学者は、細長い指で画面上の魔王を指さして言う。


「まだ蜘蛛の子(スピネン・キント)は早かったようですね。では、魔王に、ゴランより上位の生物、この星の()()()()()と戦ってもらいましょう。エクソ・ケルビを地上ハッチから出しなさい」

「何体出しますか」

「決まっています。すべて出しなさい。魔王に失礼があってはなりませんよ。全力で叩くのです」

 命令を終えた後の小声の独り言は、かろうじてルミレシアのみが聴き取った。


 ――魔王が女王さまを奪いにくるという噂は事実だったのですね。宰相の世迷いごとだと思っていましたが……こうなれば一刻も早く彼奴きゃつを殺して、アルメデさまの眼を覚まさせなければなりません。


「エクソ・ケルビ20体、出ました」

 コラドは嬉しそうに歯をき出すと、楽しくて仕方がないといった調子でルミレシアに話しかける。

「最強の生物と魔王、どちらが強いか見ものですね」

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