243.苦戦
地面に落下し倒れながら、アキオは、重すぎて複数ある無限軌道の三分の一近くを地中に埋めながら近づく巨大戦車に眼をやった。
全体として武骨な角ばったシルエットで、上部の砲台は、巨大過ぎておそらく回転できない固定砲台だろう。
そこから突き出た砲身は、電磁誘導砲らしい長大な造りで、成層圏まで弾丸を届かせることができそうだ。
命中はしなかったものの、まわりの崖ごと彼を撃ち落とした威力も納得できる。
また、大雑把な命中精度である固定砲台なので、素早く動く小さな標的である彼に命中させられなかったのだろう。
その形状はかつてトルメアで構想された要塞戦車イゼルに酷似している。
イゼルの原型は、500年近く前に、ドイツ陸軍が製造しようとした陸上巡洋艦P1000のラッテだとミーナは言っていた。
「でも、軍隊の上層部っていつの時代も愚かよね。今更、陸上に大鑑巨砲主義を復活させて何になるのかしら。ラッテだって、移動のたびに道路を壊すから実現できなかったのに」
だが、アキオは現場の兵士として、巨大戦車の存在意義を、自走する巨大砲台としてではなく、移動要塞として捉えていた。
イメージで言えば、攻撃的な雄蜂を多数抱え込んだ動く蜂の巣だ。
無数の小型兵器に一度に襲われたら、いかに個人として優秀な兵士でも勝つことはできない。
もちろん、寝たままのんびりとそんなことを考えていたわけではない。
戦車の上面に並んだ、中型の回転砲台からは砲弾が、側面に無数に取り付けられている小型砲身からは雷球が、彼に向かって嵐のように降り注ぎ始めたからだ。
狙いも何もなく、辺り一帯を、味方を巻き込んで殲滅するつもりで無差別攻撃をしかけてくる。
アキオは跳ね起きようとし、地面に膝をついた。
身体の数か所が骨折し、破壊されていることに気づく。
考えてみれば、レイル・キャノンの攻撃を受けて死ななかったのは僥倖に過ぎないのだ。
簡易型とはいえたN.M.C.を身にまとっていたのと、移動しつつの砲撃であったため直撃を免れたゆえの奇跡だった。
アキオは、近づく砲弾と雷球を見ながら、大きく横へ転がった。
なんとか初弾を躱すことに成功する。
液体金属の熱エネルギーとナノ・マシンによって体は修復されつつあるが、まだ万全の状態ではない。
次々と飛来する攻撃を、きわどく躱し続けるが、それだけでは、空を埋め尽くすほどの物量攻撃はしのぎ切れない。
ついに砲弾が直撃し、動きが鈍ったところを続けざまに雷球が命中した。
砲弾とのコンビネーションで攻撃されるため、満足に避雷器を使うこともできない。
30秒――アキオは考える。
いや20秒でいい、攻撃を避けることができれば、動ける程度に身体は回復する。
だが、その時間を敵は与えてくれそうになかった。
アキオは意を決して、戦車に向かって走り出した、
ああいった強大な敵は足元に近づいた方が、攻撃がしのぎやすいのだ。
だが、やはり思うように体が動かず、数発の砲弾と雷球を受けて地面に転がる。
もうすぐN.M.C.の効果も切れるだろう。そうなれば、もはや敵の攻撃を防ぐことはできなくなる。
ひときわ大量の砲弾と雷球が振りくるのを、アキオは見つめた。
いつものように眼は閉じない。
この世から消え去るにしても、最後まで、世界をこの眼に焼き付けておくのだ。
そう思いながら、アキオは近づく青白い光を見つめる。
突然、あたりが暗くなった。
攻撃は当たっている。
凄まじい音が、あたりに響き、視界の端に映る地面は抉れている。
「どうした、まだ終わりじゃないだろう」
爆音の中、声が響いて、アキオは自分の前に誰かが立って攻撃を防いでいることに気づいた。
「ノラン・ジュードか」
「騎士ノラン・ジュードだ」
話しながらも、ノランの身体は衝撃で激しく振動する。
硬化外骨格を身にまとった騎士は、腕に仕込まれた防御盾を限界まで伸ばして、攻撃を防いでいるのだ。
もちろん、そんな簡易なもので、雷球はともかく、レイル・ガンの直撃が完全に防げるはずがない。
攻撃を受けるたびに装甲のダメージは蓄積されていくのだ。
「よせ、すぐに砲弾が貫通し始めるぞ」
だが、それに応えずノランは尋ねる。
「銀色の髪、そして顔か――その様子だと、時間を置いたら動けるようになるな。どれぐらい必要だ」
「1ミノス(20秒)あれば」
「さすがは魔王だ」
その時、ひときわ大きな衝撃音が響き、ノランが血を吐いた。
「もう少し待て」
動こうとするアキオの肩を掴んでノランが止める。
「今のうちにいっておく。俺は、お前が気にいらない。気にいらんが、お前を信じるユスラさまを信じることにした。お前の行動は、あの人のためになるのか」
「そうだ」
「では行け、魔王」
「アキオ」
「なに」
「アキオ、俺の名だ」
「では行って、為すべきことを為せ、アキオ」
そう告げると、ノランはゆっくりと前のめりに倒れた。
装甲の背面が、滅茶苦茶に破壊されている。
よくこの状態で話をしていたものだ。
アキオは、ノランを担ぐと全力でエクソ兵が掘る塹壕へ走り寄った。
荒野には、砲撃による同士討ちによって破壊された無数のグレイ・ガーディアンが転がっている。
溝の縁に気を失った強化兵を置いた。
彼を狙う攻撃に、砲弾と雷球に交じって、小火器の銃弾が加わったのを感じて戦車を見る。
巨大戦車の胴体側面に、複数の狙撃台がせり出て、そこから、さっきまで崖上にいた狙撃兵が射撃を始めていた。
アキオは瞬時に決断して、全力で巨大戦車に向かって走り始めた。
改良を加えたN.M.C.だが、活動限界は残り5分以下だろう。
その時間を利用して、巨大戦車の兵士から武器を奪って反撃を開始するのだ。
ライフルを使っても、戦車自体にはほとんど被害を与えられないだろうが、武器さえ手に入ればやりようはある。
戦車を沈黙させれば、崖上に行くこともできるだろう。
アキオは、キューブ奪取の望みを捨ててはいないのだ。
彼の全力の動きには、雷球も砲弾も追従できない。
いたずらに、彼の走り去ったあとの地面を虚しく抉るだけだ。
ついに、アキオは戦車にたどり着いた。
近くで見上げると、さらに山のように巨大だ。
彼は、ナノ・ワイヤーを伸ばせるだけ伸ばして、パイルを車体に打ち込んだ。
ワイヤーを引いて、一気に身体を引き上げる。
それを数回繰り返すと、目指す場所に到達できた。
一番下の狙撃台だ。
アキオは幅2メートルの台を駆け始める。
すれ違いざま、生身の狙撃兵たちを殴って気絶させた。
パニックになった何人かがライフルを彼に向かって放つが、そんなものが当たるはずもない。
狙撃台には戦車内部への扉はなかった。
内部に収納して台から乗り降りするのだろう。
アキオは、さらに上の狙撃台に上る。
その行為を数回繰り返し、戦車の狙撃台にいた人間をすべて行動不能にした時、N.M.C.の活動限界が来た。
体内から液体金属がコートに回収され、銀色に光っていた髪が黒に変わる。
全身から力が失われ、体の動きが鈍った。
鉛のように重くなった体に鞭うって、狙撃兵から小銃と弾薬を奪って身に着ける。
ナノ・ワイヤーを使って、戦車の本体最上部に上った。
広大な上面の前半分には固定砲台があり、後ろ半分には、中型砲台が6基間隔をあけて並んでいた。
そのすべてがレイル・キャノンだ。
通常、砲台には緊急用脱出口が設置されている。
だから、この上面のどこかに、内部へ入るハッチがあるはずだ。
それを探し出して内部に侵入し、操縦系統を支配すれば、戦況は逆転するだろう。
めまいを感じて片膝をついたアキオは、いきなり十数メートル吹っ飛ばされた。
空中でなんとか姿勢をととのえ、足から地面に着地したが、もう一度弾き飛ばされる。
今度は、飛ばされた先の、中型砲台の中ほどにある取っ手を掴んで、自分を攻撃した相手を見た。
それは、巨大な身体を硬化外骨格に包んだゴランだった。
生身のゴラン程度なら、さほど苦労もせずに倒すことができるだろう。
だが、魔獣の体力を持つ生き物が、硬化外骨格を身にまとうと、さすがのアキオでも手に負えなかった。
N.M.C.後の疲労もあって、防戦一方になる。
攻撃を受けるたびに、体の骨が折れる。
激しく血を吐いた。
ついに、彼は、機械的に強化されたすさまじいゴランのパンチを受けて、戦車から放りだされた。
空中で受け身を取るべく身体を動かそうとするが、大ダメージを受けた体はいうことをきかない。
「アキオ、手を!」
突然聞こえた叫びに反応して、反射的に彼は腕を伸ばした。
その手はしっかりとつかまれ、優しく引き寄せられると、きつく抱きしめられる。
顔が見えないまま、その生き物の良い匂いに気づいてアキオは言う。
「――アルメデか」
「そう、あなたのメデです。黙って、独りで出かけるなんてひどい人」
女王は彼を抱きしめたまま、噴射杖を操って、空高く飛び上がると、戦車の上面に降り立った。
アキオを地面に座らせ、自分は膝をついて、彼と目を合わせる。
「なぜここが――」
「その話は後でしましょう」
そういって、アルメデは、彼にホット・ジェルを数本渡す。
「アキオは、しばらく休んでください」
少女は、彼の頬に手を触れてから立ち上がると、豪奢な金髪を風になびかせ、20メートルほど離れた場所に立つ、硬化外骨格に身を包んだゴランと向かい合った。
細い身体を包む群青色のコートの裾が風にはためく。
神託を告げるように厳かな声音で言葉を紡いだ。
「お前たちには、アキオを傷つけた報いを受けてもらいます」
少女の言葉で目を向けると、さらに数体のゴランが砲台下の扉から現れるところだった。
「アルメデ」
声をかけるアキオに、かつて地球最大国家の女王であった少女は、歌うような調子で応える。
「ああ、やっと見せることができますね。あなたに会ってから、100年に渡って研鑽し続けたわたしの技を――」
そして、肩にかけたレイル・ライフルに手を触れると、凛とした調子で言い放った。
「さあ、始めましょう」




