244.戦車
「では、女王さま、そろそろ次の演し物の準備ができましたので、お越し願えますか」
サンクトレイカ王国ルミレシア女王の横に座った痩せた白衣の男が、それまで見ていた小さな石板を懐にしまって立ちあがった。
女王に手を差し出す。
「わかりました」
ルミレシアは、男の手につかまって優雅に立ち上がった。
それを見て、メルヴィルも腰を上げる。
目の前のディスプレイには、西の国の強化兵たちが、赤馬に乗った魔王によって、次々と倒される様子が映されていた。
「いよいよ始まるのですね、コラド」
「ご期待は裏切りません」
ニューメアの科学者、コラド・ドミニスは、女王の手を引いて足早にバルコニーの出口に向かいながら応えた。
後を追って通路に出たメルヴィルは、邸宅から来る時に使用したモノ・キャリッジに、ふたりに続いて乗り込んだ。
並んで座る女王たちの前に腰かける。
キャリッジが、奇妙な音を立てながら動き始めた。
窓の外を青い光が素早く流れていく。
すぐに走路は下向きになった。
速度を増しながら、どんどん下っていく。
「あの様子では、西の国が用意した機械化兵たちは、遠からず全滅するでしょう。それで、あなたの、あの――」
「巨大戦車」
「そう、あの大きなおもちゃは、間に合ったのですね」
「女王さまが用意してくださった膨大な金属のおかげで、本体は予定通り完成しております。バルバロス本来の戦力であるスピネンキントの準備が間に合うか心配だったのですが、それも先ほど用意が整ったと報告がありました。ですから――」
「しかし、おまえの、そのバルバロスに女王さまを乗せて安全なのか。本来、女王は戦場には出ないものだ」
メルヴィルが神経質そうにコラドの言葉を遮る。
「何があったのか存じませんが、メルヴィルさまは魔王を恐れすぎておられます。ああ、心配されているのは、魔王の背後にいる女公爵さまでしたか――」
「あれは計略をもって1のものを100にしてしまう怪物ですから、用心しすぎるということはありません」
「ルミレシアさま」
女王の口調をとがめるようにメルヴィルが口をはさむ。
「怖い顔をしないで、メルヴィル。義姉グレーシア・サラヴァツキーは、先の海戦で片腕を残して名誉の戦死を遂げました。いまわたしが話題にしているのは黒髪の魔女ですよ」
ふたりの会話を完全に無視してコラドが言う。
「どうかご安心ください。戦術、我が国ではタクティクスと申しますが、それが機能するのは、彼我の戦力差が数倍から10倍程度までです。どれほどの知略を用いても、1000倍以上の戦力差を埋めることはできません」
「あなたのバルバロスは、魔王と魔女を合わせた戦力よりはるかに上ということですね」
「その通りです」
答えながら、痩身の科学者は心の中でつぶやく。
独りの魔王と数人の魔女どころではない、この世界で一番戦闘力のある兵器がバルバロスなのだ。
自分は、バルバロスが完全に機能するところを見てみたい。
なにより、圧倒的な力によって、魔王が羽虫のように踏みつぶされるところを見たい――以前に彼が、満を持して作り上げた人間爆弾で倒せなかった男を。
コラド・ドミニスは、かつてカスバス王国と呼ばれていたニューメア南部の貧しい辺境地域に生まれた。
彼の幼少時に、数年続いた天候不良により引き起こされた絶望的な飢餓から逃れて都会にやってきたドミニス一族は、口にできないほどの辛酸を嘗めさせられた。
特に、辺境ゆえの訛りが彼らを苦しめた。
カスバス王国は、血筋と優雅な言葉遣いを重要視する旧弊な国家であったため、コラドたちは、何を話しているか分からない奴、として迫害されたのだ。
転機が訪れたのは、19年前、国がニューメアと名を変えて、王が美しいアルメデ女王に変わった時だった。
旧弊な因習をすべて廃して、科学と合理を国の根幹としたニューメアは、貧しい少年だったコラドに無限の可能性を開いてくれた。
適正試験を受けて、彼と彼の一族は国家に選ばれ、特にコラドは生まれもった才能を開花させると、ニューメア王国の科学部中枢へ駆け上がったのだ。
ただ、幼少期に体験した、あまりにひどい飢餓と迫害の経験は、彼の精神を歪に変形させていた。
優れた知能を持ちながら、コラドは偏執的に人の肉体を破壊することを好み、街を消滅させる兵器を愛するようになったのだ。
彼が科学と破壊以外に愛したものはただひとつ――病的に憧れ、愛して止まない、美しいアルメデ女王だけだった。
彼女こそが、憎きカスバスを壊し、ニューメアを興し、彼を今の彼に作り上げてくれた、女神ともいうべき女性なのだ――
今回、好きにやれ、との宰相キルスの許しを得て、サンクトレイカの資金と援助で作り上げた巨大戦車は、かつて地球で設計された陸上巡洋艦ラッテにヒントを得て規模を10倍にしたものだ。
バルバロスとは、地球語で、訳の分からない言葉を話す者、という意味らしい。
複数形にするとバルバロイ、それはつまりコラド自身と彼の一族をさす言葉でもある。
地球のラッテは巨大砲を主戦力にしていたが、バルバロスはそうではない。
彼の巨大要塞は、ニューメアの天才科学者コラド・ドミニスが考える、強さ、という概念を具現化したものだ。
その内容は――
モノ・キャリッジの窓外を流れるライトの速さが遅くなり、停止した。
コラドは、物思いから現実に戻って言う。
「着きましたね」
開いたドアからメルヴィルが身軽に出て、ルミレシア女王の手をとって先導する。
薄暗い部屋の先に、明るく光る通路が見えた。
「こちらです」
コラドについて通路に入ると、低い振動音を足元から感じた。
「ここは」
「はい、お気づきのように、もうここはバルバロスの中です。そして、ここが――」
そういって、コラドは通路の突き当りの扉を開けた。
「巨大戦車の中枢、中央制御室です」
天井の高い、広い部屋には階段状の椅子が整然と並び、50人ほどの兵士が席について忙しそうに計器を調べていた。
「どうぞ」
向こう側に岸壁らしきものが見える、薄暗い巨大な窓の近くに置かれたソファに導かれた女王とメルヴィルは、並んで腰かけた。
「すぐに動きだします」
言葉通りに床が大きく振動し、窓の外の壁が崩れ落ちて、その後に明るい太陽と景色が広がった。
「大型砲で対岸近くにいる魔王を砲撃せよ」
コラドの命令で、軽く建物が振動し、時間を置かずに、壁にとりついた魔王付近に着弾した。
魔王がゆっくりと落下する。
「外しました。しかし衝撃波で魔王は被害を受けたものと思われます」
「情報によると、あれぐらいではやられない。続けて撃て」
「固定砲台の主砲は、連続使用できません」
「分かっている。中型砲台を使え。狙いは適当でいい。側砲の雷球砲も併用して弾幕を張るんだ」
「奴の周りには、生き残った強化兵や魔法使いが多数いるぞ」
振り向いたメルヴィルがコラドに叫ぶ。
「そうですね――しかし、これは戦争です。戦争に犠牲はつきものでしょう。しかし、ご安心を。サンクトレイカの狙撃兵6500名は、ほぼ全員、このバルバロスに乗っています。つまり、いま、攻撃を受けているのは、西の国の兵士だけなのです」
一瞬、立ち上がりかけたメルヴィルは、それを聞いて腰を下ろした。
「ひどい奴だ」
「誉め言葉と受け取っておきます」
コラドは、細い体を折って優雅に一礼する。
「魔王、バルバロスに向かって走ってきます」
制御室に声が響いた。
「狙撃台、1、2、3を出して、兵士によって狙撃させよ」
「わかりました」
「サンクトレイカ兵の腕の見せ所です」
コラドは笑うが、女王は黙ったままだ。
やがて――
「魔王、本体にとりつきました。登ってきます」
「さすがに、しぶといですね」
「狙撃兵全滅。魔王は最上部デッキに到達しました」
「思ったより早いですね。まあ、そんなものでしょう。では、新しいおもちゃを出してみますか」
コラドは、女王の顔を見ながら言う。
初めに、彼女がバルバロスをおもちゃと言ったことを根に持っているのだろう。
室内に置かれた巨大ディスプレイに、硬化外骨格を身に着けたゴランが、デッキ上へ現れるのが映った。
「こんなものを作っていたのですか」
「エクソ・ゴランです。知能が低いために、あまり役には立ちませんが、このような閉鎖空間では結構使えます。まだまだカードはありますが、まずはこれで魔王たちの力を見てみましょう」
見る間に魔王が追い詰められ、デッキ外へ殴り飛ばされた。
が、すぐに何者かによって救出され、デッキ上に戻って来る。
「さすがにしつこいな。エクソ・ゴラン2から7まで出せ――」
科学者の言葉が途中で途切れる。
画面一杯に魔王を助けた少女の顔が映し出されたからだ。
コラド・ドミニスが呆然とつぶやく。
「アルメデさま――」




