225.ファム・ファタル、
紙祭の通りにテーブルを並べ、皆で昼食をとったあと、アキオとアルメデを交えた9人の少女たちは、円形広場でダンスする。
少女たちは、アルメデの教える異世界のワルツやタンゴ、ヴェニーズ・ワルツ、スローフォックストロットやクイックステップなど、様々なダンスを習得すると、男女の役をいれかわりながら、4組のペアで踊り、残るひとりをアキオが相手をした。
地球式の、型のあるダンスを少女たちは喜び、アルメデは融通無碍に変化する、この世界の踊りを楽しんだ。
ワルツのステップを踏むカマラとピアノの背後を、跳ねるような足取りで、広場を斜めに突っ切ってユイノとシジマのペアが駆け抜けていく――
「この世界に来てから踊るのは初めてです」
アキオとワルツを踊りながらアルメデが微笑む。
「それに、あなたがダンスを踊るなんて思いもしなかった。ユイノさんには感謝しなければなりませんね」
そのユイノとアルメデが組んで、先ほど踊ったアルゼンチン・タンゴは、他のペアが踊るのを忘れるほど皆を熱狂させた。
そして――この日のダンスの白眉は、ミーナの部屋に場所を変え、アキオがドレス姿の彼女と踊ったワルツだった。
ユスラに似た優しい――アルメデの言うアジア風の顔に、可愛く化粧を施したミーナのホログラムが、磁気を帯びさせたドレスと重ねられ、まるで実体のある人間と踊るように、アキオは彼女と踊ったのだ。
狭い部屋をいっぱいに使って彼らは踊る。
気を利かせたシジマが、ジーナのデータバンクから、地球の代表的なワルツ曲をいくつか選んで流し、皆がふたりの踊りに拍手と歓声を送った。
「女王さま方、お話があります」
踊りのあと、アキオがラピィの様子を見に行き、ミーナが月に一度の自己診断レベル1を開始すると、ピアノが代表して、シミュラとアルメデに声をかけた。
「女王さまって、あんたも女王じゃないか」
シミュラは、そういって笑おうとするが、少女たちの表情が硬いことに気づいて、口調を変える。
「いま、アキオはラピイの傍にいて、ミーナは診断中、その上での話なのだな」
「そうです」
カマラが答える。
「ミーナのことでお話があるのです」
「先にいっとくけど、途中で怒ったり、話を止めたりするのは無しだからね。まずは、ボクたちの話を聞いてほしいんだ。いいかな」
シジマが珍しくまじめな口調で言う。
ふたりの女王は、一瞬視線を交わすと同時にうなずいた。
「お二人とも、ミーナについては、わたしたちの誰よりも、よくご存じだと思います。アルメデさまは、実際に、長くミーナと話され、シミュラさまはアキオの記憶を見られているから――」
カマラが続ける。
「ミーナは自我を持つ人工知性、そしてその生涯のほとんどをアキオとともに過ごしてきた――」
「ええ、自我を持つ前の20年、自我を得た瞬間もアキオと一緒で、その後280年を共に生きていますね」
アルメデが応える。
「そして――もう隠すことでもないし、みんな知っていることだから、はっきりいいますが、彼女はアキオを愛しています。わたしたちの誰よりも長く、強く、激しく」
ミストラが歌うように言った。
「もちろん知っています――しかしそれが?」
「ボクが死にかけた時の話は聞いてる?」
シジマがさりげなく切り出す。
「もちろん知っておる」
「セイテンの中でキィから聞きました」
「あの時――アキオも死にかけたんだ」
「ああ、皆で呼びかけて、アキオを呼び戻したのだな」
「ミーナから、彼女、ラムリエルスが最後に彼に語り掛けた言葉をつかうようにいわれて――」
ヴァイユが、当時を思い出したように言葉をつまらせる。
「先日、その時のミーナの様子をシジマから尋ねられたのです」
ヴァイユがシジマを見る。
「ボクはカプセルに入っていて、状況を見ていなかったからね」
「様子……」
「それは、心配しておったのだろう」
「――」
「わたしは何も気がつかなかった。アキオがいなくなるかもしれないと思って、それ以外なにも考えられなかったから」
カマラが静かに言い、ピアノがその言葉を受ける。
「わたしは――気づいていました。ミーナの声、震えていた」
「あたしも気づいた。冷静になろうとしていたけど、姉さんは爆発寸前だったように見えたね」
「つまり、おぬしたちは何をいいたいのだ」
我慢できなくなったのか、シミュラが声を荒らげる。
「少し、やりたいことがあって、ボクはこの間から、ミーナのAIを調べてるんだけど――」
シジマが言葉を途切らせ、
「データログ、つまり精神の記録を調べると、あの時、ミーナが狂いかけていたことが分かったんだよ」
「狂う?」
「そんなふうには見えませんでした。動揺はしていたけど、ミーナは――」
ピアノの言葉をシジマが遮る。
「冷静に見えた?でも本当に恐ろしいのは、冷静に狂うことじゃないかな」
「それはつまり――」
シジマは、それに対する直截な答えを避けて、
「ボクは、いや、おそらくみんなミーナが大好きだと思う」
「そうだね。姉さんは、冷静で、賢く――」
「優しく、明るく、冗談好きで――」
「可愛くて――」
少女たちが口々に言い、
「信じられないほど激しくアキオを愛している」
カマラが断言する。
シミュラが、はっとしたように目を見開いた。
彼女の脳裏にアキオの過去がフラッシュバックする。
「そして、決断力に富み、無限の忍耐力と苛烈さを持ち、長きにわたって人の醜さを見続け、人の死に耐性があるのだな。おぬしのいいたいことが分かってきたぞ」
シミュラは眼を細めた。
「その上で、森羅万象、他のあらゆるものよりアキオを愛しているのね」
アルメデが声を震わせる。
「そうなんだ。つまり、誰かがミーナからアキオを奪ったら、アキオが誰かに殺されたら――」
「その絶望感から、無限の忍耐力と知力を使って、彼の敵のみならず、世界を滅ぼす可能性があるということね。彼女はアキオの運命の女だから」
アルメデが結論づけた。
「そう、魔王の死で悪魔が生まれるんだ」
「いや、姉さんに限ってそんなことは――あんな優しく愛情深い人はいない」
「それは違うわ。キィ、人は愛情深いからこそ悪魔になるのよ」
「おぬしも色々見てきたのだな」
アルメデの言葉にシミュラがうなずき、
「それで、われらにどうせよと」
「ミーナは人が作ったAIだけど、もう完全に人間といっていい知性と自我を持っている。だから、彼女を停止させるような装置は絶対につけたくないんだ」
「それはやってはいけませんね」
「そうです。生きている人間にするべきことではありません」
ミストラとヴァイユがせき込むように続ける。
「それでね、ボクたちは――死ぬ気はないけど、もしも、もしもだよ」
「おぬしたち――」
「怒るのはなし、といったよ――もし、ボクたちがいなくなったあとで、アキオに危険が及んだら、アキオを助けるのは当然としても、ミーナに注意して欲しいんだ。彼女が――」
「悪魔にならぬように、か」
「そうです。彼女を諫め、説得してほしい。それができるのは、おふたりの女王さまだけなのですから」
「アキオは、世界が破壊されることを望んでいないはずです」
「そうだろうな。だが同時に、わたしはこうも思うぞ。アキオのいなくなった世界が存在する意義などあるのか、とな」
「シミュラさま」
「わかっておる。そんなことは考えたくないが、おぬしたちの心配もわかるからの」
「アキオは死にません。でも、もし彼が酷く傷つけられて、ミーナが危険な状態になったなら、みんなで止めましょう。よいですね」
アルメデは少女たちを見回し、笑顔を見せ、続けた。
「でも、本当のところ、やはり、わたしはミーナの理性を信じているのですよ」




