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224.吾子

 エネラガラスフォレルスミラデサマリオ――それが、他人に知られてはならない、サンクトレイカ女王ルミレシア・サンクトレイカのかくだ。


 その意味は、古代語で、サマリオのエネラ湖西岸深くに作られた洞穴にすべてを隠した者。


 サンクトレイカの王族が、生まれながらに与えられる宝物や、自身の秘密を記した手記を収めるため、個別に与えられる王宝庫ガルネラのことだった。


 もちろん、決まりに従って、すべてをその場所に収めていた昔とは違い、現在では、重要なものは城内の機密庫に移してある。


 それゆえ、その場所、そしてそれを表す名前自体は、さして重要ではない。


 だが、実際の王宝庫ガルネラの重要さと、隠し名を知られることは別問題だ。


 女王である彼女の隠し名が、他者に知られるようなことはあってはならない。

 それは女王の権威の失墜しっついを意味する。


 さすがに退位させられることはないだろうが、王侯貴族たちの彼女に対する敬意は霧散むさんしてしまうだろう。


 だから、ポカロで、姉グレーシアが彼女を隠し名を呼んだ時に、ルミレシア女王は心底驚いたのだった。


 彼女の異母姉であるグレーシアは、いとも簡単に隠し名を調べ上げ、若くして密かに彼女が産んだ子供の所在(しょざい)まで知っていた。



 グレーシアは、彼女にとって、子供の頃から、何をしてもかなわない苦手な姉だった。


 早熟だった彼女は、4歳になる頃には、すでに自分の地位と権力に気づいていた。


 しかし、同時に、食事の時のみ顔を合わせる『姉』グレーシア・サンクトレイカこそが、次の女王であることも知っていた。


 王宮の噂話うわさばなしで、『妹』である彼女に比べ、いかに、『姉』が頭がよく子供ながらに王としての思いやりと厳しさを持っている存在なのかを聞かされ続けた。


 ルミレシアは早熟そうじゅく利発りはつだったが、グレーシアは生まれながらの王で天才だったのだ。


 噂話だけでなく、実際に会話をしてみて、彼女自身もそう感じた。


 とてもかなわない。


 彼女の気持ちを、さらに波立たせたのは、グレーシアの可愛さだった。

 共に、王家独特の桜色の髪をしていたが、可愛さ美しさの、王宮内の評判は、常に姉の方が上だった。


 彼女たち王位継承者は、個人で王宮にるわけではない。

 その背後には、彼女たちをす無数の勢力が存在する。

 その者たちにとっては、わずか数か月、生まれるのが遅かっただけで妹になったことが残念でならなかったのだ。


 物心つかない頃から、彼らによって、あと少し早く生まれてくださったら、と彼女は言われ続けていた。


 それは、自分のせいではないのに――

 もっと言えば、姉に可憐さでかなわないのも、頭の良さで負けているのも、すべて自分の責任ではない。


 姉のグレーシアのように、自分の考えをはっきりと言うことができればよかったのだが、彼女は、取り巻きの老人たちを恐れて、それができなかった。


 代わりに、姉グレーシアを避けるようになった。

 ルミレシアは、食事の時に顔を合わせるたび、優しく声をかけてくる彼女から逃げ続けた。


 その卑屈な態度は尾ひれがついて王宮をめぐり、彼女の立場はさらに悪くなる――


 しかし、奇跡が起こった。

 5歳の誕生日を迎えてしばらくした時、戦術指揮官だったネストル・サラヴァツキー公爵が若くして亡くなり、本来なら彼の子に現れるはずだった腕の痣(ヤルト・グラム)が、グレーシアの腕に出現したのだ。


 腕の痣(ヤルト・グラム)は、国の最優先事項だ。

 2年に一度、行われる『平和の海戦(ピクトリズム)』に敗れると、敗戦規模に応じて国民が死なねばならない。


 グレーシアは伝承の儀式(ヤルト・ラオメ)を受けて、戦術指揮官の女公爵(パドリエ)になり、ルミレシアが王位継承第1位になった。


 彼女は己の幸運に感謝する――が、数年後、姉の腕の痣(ヤルト・グラム)が彼女の取り巻きによって仕組まれたものであったことを知った。


 ドレキを用いた、ある方法を使えば、特定の人間にあざを生じさせることが可能なのだ。


 経緯はどうあれ、彼女は、父、シゲルソン・サンクトレイカが37歳の若さで急逝きゅうせいすると、13歳でサンクトレイカ女王となった。


 早熟であった彼女にとって、その歳での即位は何も問題がない。

 王としての心構えはとうにできている。


 女王として、公務を始めた年、彼女は久しぶりに戦術士官女公爵(パドリエ)の姉と再会した。


 穏やかに挨拶する女公爵(パドリエ)に、彼女は尊大な王として(こた)えた。


 王になっても、彼女の姉に対する劣等感は消えていなかったのだ。

 不正な手段を使って、王位を手に入れたという事実が、さらに彼女を苦しめる。


 ルミレシア自身、もともと、さほど悪意のある人間ではないのだ。

 ただ彼女は弱く、周りの老人たちの期待に応えたいと思っただけだった。


 そんな女王を助け、救ってくれたのは、内務部長のメルヴィル・ド・コントだった。


 若き女王は、時折、冷酷な表情を見せる好男子と恋に落ち、密かに子供を産んだ。


 女王の身代わりは、メルヴィルによって数人用意されていたので、彼女は、生まれた子供としばらくシュテラ・ガルンストの瀟洒(しょうしゃ)な屋敷に住み、穏やかな日々を過ごすことができた。


 しかし、数か月後、問題が発生した。


 一人の男が、メルヴィルを訪ね、彼らの娘の情報をもとに、ある行動を強要してきたのだ。


 黒髪、長身のその男は、()()()と名乗り、やるべき事柄ことがら、必要な人材すべてを提供するかわりに、ある男を死なない程度に傷つけ、捕まえることを求めた。


 一筋縄ひとすじなわではいかない相手であるから、と、男の示した作戦は、かなり複雑なものだった。


 その男の知人である、サンクトレイカの貴族エクハート家の子弟を誘拐し、今は破棄された別荘地ポカロに呼び出して捕獲――めったなことでは死なない男なので、ある程度、痛めつけて捕まえるように指示される。


 娘との平和な生活を守るためなら、彼女は、どんなことでもするつもりだった。


 だが――

 案に相違そういして、計画は失敗した。


 男と共にやって来た、()()()()()()()()()のはずの少女たちが、信じられない手練てだれ揃いだったのだ。


 かろうじて――それも人質を爆発させるという胸の悪くなるような方法を使って、男は半死半生にしたが、少女たちによってカインが用意した男たちは全滅した。


 さらに彼女が驚いたのは――少女たちのうちのひとりが、模擬海戦時に腕を残して行方不明となり、死んだと思われていた姉、グレイシアであることが判明し、愛娘まなむすめの存在を指摘したことだった。


 その時のことを思い出し、サンクトレイカ女王は歯をかみしめる。


 姉は、グレイシアは、最愛の娘カリシアを()()()()と言い放ったのだ。


 その時から、幼いころより苦手だと思っていた姉は、彼女の憎しみの対象となった。

 娘の存在を知っているグレイシアは、死ななければならない。


 さらに、姉は、()()()()()()()()()()()を潰す、といって脅したのだ。

 だが――彼女を激高(げきこう)させるのは、姉の言葉そのものではなく、自分自身が彼女の言葉に恐怖を覚えたことだ。

 天性の王であり、戦術家であるグレイシアには、()()()()()()

 サンクトレイカそのものである女王ルミレシア自身が、そう認めていることが我慢ならなかった。


 姉を亡き者にする――


 そう心に決めた彼女のもとへ、カインが次の指示を出してきた。


 その計画は、うまく使えばグレーシアを完全に抹殺できるものだった。


 女王は、メルヴィルと共に、全力を挙げて魔王抹殺エンジェルダストと名付けられた計画の準備を始めた。

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