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223.偽闘

「何でやる?剣か、弓か、素手でだってかまわないが」

 ノランの問いに、バロネスは歯をむき出していう。

「剣だ」

鞘止さやどめだな。殺すと後味(あとあじ)が悪い」

「けっ」

 鞘止さやどめとは、お互いを傷つけないように鞘と剣をくくって刀身を抜けないようにし、鞘ごと剣を振るって剣技(けんぎ)を競う戦いだ。


 ふたりは、鞘と剣を紐で()わえると、向かい合って身構えた。

「合図をくれ」

 ノランの言葉で、誰かが金属を叩いて合図をする。


 戦いが始まった。


 剣の打ち合いが始まってしばらく、シェリルは拳をきつく握って戦いの様子を見つめていたが、すぐに全身から力を抜いた。


 バロネスがノランに勝てないことが分かったからだ。


 剣技の力量が違い過ぎる。


 おそらく、バロネスは、恵まれた体格と膂力りょりょくに頼ってこれまでの戦いを生き抜いてきたのだろう。


 だが、幼少のころから、騎士である父から正当な剣技を教えられてきた彼女の眼からすれば、それは所詮しょせんは力に頼った雑な攻撃でしかない。 

 

 ノランの揺るぎない体幹たいかんから繰り出される、わざと鋭さを欠いたような剣撃けんげきとさえ比べられないほどの力量差がある。


 それでも――

 まわりを見渡して、シェリルは思う。


 おそらく、この場にいる人間で、そのことに気づいているのは3人だけだろう。

 ノランと彼女と、バロネス自身だ。


 一見、激しいバロネスの連続攻撃を、きわどくノランが躱しているように見える。


 時には、何かにつまづいたふりをして、かがめたノランの上をバロネスの剣が通り過ぎていく。


 だがそれは騎士の作戦だ。

 圧倒的力量差にものを言わせて、一瞬で勝ってしまえば、少女の良運ヨラキに関係なく、ただノランが強かった、ということになってしまう。

 それでは意味がない。


 そこで、先ほどからノランは、力で劣りながら、あたかも運の良さでバロネスの攻撃をしのいでいるかのように見せながら、攻守を制御コントロールしているのだった。


 よほど力量に差がない限り、不可能なことだ。


 戦うこと数分、バロネスの息が上がり始めたのを契機けいきに、ノランは、偶然をよそおって、振り回した剣の鞘が大男の肩口に当たったように見せた。


 打撃の痛みで、バロネスの動きがさらに悪くなると、よろめきながら敵の剣をかわし続け、最後は、偶然突き出した鞘が、傭兵の頭に当たったように見せて彼を倒しきった。


「見ての通り――」

 ノランは、地面に寝転んだ大男を見下ろして声を張り上げた。


「強敵だったが、彼女からもらった良運ヨラキのおかげで何とか勝負に勝つことができた」

 そういって、少女に手を差し出し、走り寄ってきた彼女の手をとるとうやうやしく言う。

「ありがとう。君の――」

「ダイナ、それがわたしの名前」

「ダイナ――良い名だ。君がくれた良運ヨラキのお蔭だ」


 ノランは、群衆へ振り返ると、さらに声を張り上げた。

「彼女の眼は幸運の瞳だ。俺が保証する。これからは安心して、彼女の、ダイナの鳥を放してやってくれ」

 わっと歓声が沸き起こった。


 しばらくするとノランが観衆の輪から抜けだした。

 早足で通りを立ち去って行く。


 目抜き通りから路地へ曲がると、少し奥へ歩いてノランが立ち止まった。


 振り返らずに問う。

「何か俺に用があるのか」

 ゆっくりと体の向きを変えながら続ける。

「顔には見覚えがない――美しいな。君ぐらい美人なら忘れるはずがないんだが。それに立ち姿だけで大した腕なのはわかる」

 彼の言葉に、シェリルはにっこりと笑って言った。

「ありがとう、騎士ノラン・ジュード。あなたにお願いがあるの――仲間にして」



「あれは、そういう流れだったのか」

 ノランは(つぶや)いて酒をあおった。

「それで――改めて尋ねるが、共に旅をしたくなったのは、俺が強かったからか?だが、強さなら君も相当なものだろう」

「確かに――」

 シェリルは空になった杯を石の上に置いた。


「あなたは強かった。それに()かれたのは事実よ。でも、わたしがあなたと旅をしたいと考えたのは、あなたが異色眼シュピーレル偏見へんけんを持っていなかったから。そして『()()』という言葉を心底嫌っているように見えたから――わたしと同じように。アイリンは、母は、常にその言葉で(さげす)まれていたから」

「化物、か」

 ノランは、シェリルの瞳の色に似た、青いサルメ酒を杯に注いでひと口飲んだ。


「俺には親友と呼べる仲間がいた」

「親友――」

「俺の剣技が多少なりともマシなのは、そいつとよく模擬戦闘(カラマット)をしたからだ」


 シェリルは、かつての彼の言葉を思い出す。

「青と緑色の眼――あなたが好きだった人たち」

「覚えていたのか」

 ノランが複雑な笑いを見せる。


「ふたりも好きな人がいるなんて、浮気者ね」

 彼女がからかう。

「はっきり好きだった、といって良いか難しいところだが――ひとりは男だ」

「ひとりは女性ということね」

 ノランは遠い眼になり、

「そいつと俺とは、違う傭兵団に所属していたが、合同訓練ではよく剣を合わせた。どうしても勝てなかった俺は、奴の技を必死で盗もうとした」

「傭兵だったの、その女性(ひと)――」

「あいつは俺より大きく強く()()()()()()

「女性で、あなたより大きいの」

「そう、だから、あいつは皆から()()と呼ばれていた。なにより、いけなかったのは、あいつ自身が自分をそう思っていたことだ」

 ノランは呟くように言い、

「俺は見かけであいつを判断して、男のように付き合っていた。さっぱりとした性格が心地よかったんだ。その頃、俺は()()()()()()()()()()()()を探していて、女にしくじっては、いつもあいつに、マキィに説教されていた」

「――そうだったの」

「がっかりさせてしまったか。その頃の俺は()()()()()()()()のさ。今となっては恥ずかしいが、まあ、それも俺だ」

「マキィさんというのね」

「ああ、それと少女のように美しいマクス――貴族の嫡男(ちゃくなん)だった奴は、正式な剣技を習得していて、マキイは彼からそれを学んでいたらしい」


「だから、あなたの剣の太刀筋は、あんなにきれいなのね。たいていの傭兵は、力任せに剣を振るうだけなのに――あなたはマクスさんの孫弟子ということね」


「そういうことになるな――華奢(きゃしゃ)な見かけによらず、マクスも骨のある奴だった。ある時、彼の団が対抗する傭兵団から毒をまかれた。その仕返しに、ふたりは敵の本拠地に乗り込んで、建物を焼き払って大打撃を与えた」

「すごいわね」

「表立って犯人はわからないことになっていたが、傭兵仲間の間でふたりの名は(とどろき)きわたって、その結果、マキィは無関係な作戦の責任を取らされた挙句(あげく)、無謀なゴラン退治に派遣され、死んでしまった」


「傭兵団の力関係を守るために殺されたのね」

 シェリルが、やるせない口調で言う。


「マキィが死んだ後で、マクスから、あいつの中身が外見からは程遠(ほどとお)い、女性的なものにあこがれる少女だったことを聞かされた――長い付き合いだった俺は、あいつのことを何もわかっていなかったのさ」

 ノランは自嘲(じちょう)するように言い、

「あいつがいなくなってから俺はおかしくなった。何をするにしても身が入らなくなったんだ」

「そのひとを愛してたのね」

「愛?わからない。そうなんだろうか――」

 ノランの言葉は、空中に溶けるように消えていき、

「しばらくすると、マクスが世継ぎ騒動に巻き込まれ、盗難容疑で捕縛された後、火事に紛れて脱獄して行方不明になった。おそらく街の外で魔獣に襲われて死んだんだろう」

「そうだったの――」

「これは噂だが――マクスも女に(あこが)れていたらしい。ふたりには共通点があったんだな。そんなことにも俺は気づけなかった。あいつが女なら、さぞ美しかったことだろう」

 シェリルの細い指が彼の肩にかかる。

()()()()()()()()()から酒に逃げた俺は、夜な夜な酒場で酔っぱらって女に声をかけ――あの方に出会った」

「ユスラさま――」

「そうだ。俺は仕えるべきあるじに出会い、騎士となった」


 ノランは拳を握りしめる。


「今も、俺は、マキィを()()()で判断したことを悔いている。見た目が人と違うというだけで、他人を化物と決めつけることには我慢ならない」


 シェリルはうなずいた。

 だからノランはバロネスを許せず、異色眼(シュピーレル)のダイナを助けたのだ。


 でも――彼女は思う。


 それならば、エストラの魔女を、そして魔王を、人と違うだけで悪と決めつけるのはどうなのか。


 マキィとマクス。

 ノランを()きつけた()()()()()()に、一度会ってみたかった。


 そして、何度も、熱に浮かされたようにノランの口から聞かされた彼のあるじ、美しいユスラさまにも――


 シェリルは、炎を見つめるノランの精悍(せいかん)な横顔を見つめた。


 気づいていないのか、気づかない振りをしているのか――ノランが主君ユスラさまに(いだ)く感情の多くは憧憬(しょうけい)畏怖(いふ)と尊敬だが、それ以外にはっきりとした恋慕(れんぼ)も含まれている。


 そう考え、大人びた15歳の少女は眼をしばたたかせた。


 英雄ノラン・ジュードは決して認めようとはしないだろうが、彼は漆黒の魔王に嫉妬(しっと)しているのだ。


 莫迦(ばか)な人――かつて口にした言葉をシェリルは再びつぶやいた。


 彼は、ユスラさまが、魔王の()()()()()()()()()(とりこ)にされていると思っている。


 だけど――彼女は、エストラで、魔女が身を(てい)して魔王を守った姿を思い出す。


 魔女の必死な黒紫色こくししょくの瞳――


 あれは、決して魔法で操られた行為ではなかった。

 明らかに魔王への愛情から出た行動だった。


 ユスラさまもそうではないのだろうか。


 得体の知れない魔法――そもそも恋とは、人を()うるとは、得体の知れない魔法にかかるようなものではないのか。


 かつて、父が母からかけられたように。


 わたしが、ノランにかけられているように――

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