222.放鳥
「わたしの身体は、その直後から成長をはじめて、一か月後には今と変わらない大きさになったの。力は大人の男の人の倍ぐらいになって――女剣士シェリルの誕生ね。それが8年前のこと」
「ちょっと待て」
ノランが口に含んだ酒を吹きそうになりながら言う。
「8年前、君は7歳だった?」
「そうよ」
落ち着いた声で美人が応える。
「ということは、今、15歳」
「そうなるわね」
ノランは改めて、シェリルを見つめた。
その大人びた表情、落ち着いた話し方、冷静な思考――歳をたずねたことはなかったが、彼と同じか年上だと思っていたのだ。
それが、まだ15歳の子供だったとは――
「なぜ、そんなに落ち着いているんだ」
雰囲気が落ち着いているだけではなく、彼女には確かな思慮深さもある。
「母の影響かしら。父の話では、わたしの性格は彼女に似てるらしいから。体が大きくなった時からこんな感じなの。おそらく、母が与えてくれたものの影響でしょうね」
ノランは、静かに微笑む美女を見つめた。
この女性――少女は、満足な少女時代も思春期もすっ飛ばして大人になってしまったのだ。
15歳?
ノランは、手を伸ばすと、シェリルから杯を取り上げた。
「何をするの」
「飲みすぎだ」
「まあ、突然子ども扱いをするなんて、ひどいわ」
ノランは、杯の酒を飲み干すとシェリルに返す。
手を伸ばして、ナウプ果汁の入った瓶をとって杯に注いだ。
「ただの果汁なんて、子供の頃飲んで以来だわ」
「まだ子供だろう」
一応、西の国でもサンクトレイカでも17歳で成人扱いだ。
「あなた酷いわ、いきなり態度を変えるなんて。いわなければよかった」
ノランは首を振り、
「君は母親を探しているのか」
「いいえ」
「心配じゃないのか」
「別れるとき、母は自分の戻る場所、故郷はわたしと父そのものだといった。必ず帰ってくると――だから父は、ローナの街の、あの家でずっと母を待っているわ。だって故郷がどこかに行ってしまったら母の帰る場所がなくなってしまうでしょう」
そう言うと、彼女は身体を傾け、ノランの肩に頭を預けた。
「父が死んだら、今度はわたしがあの家で待つことになる――それまで、わたしは母が、かつてそうしたように、遍歴して世界を見て回ろうと2年前に街を出たの」
「シェリル――」
「でも、わたしは母のように強くない。いえ、旅に出て自分が強くないことが分かった。独りで旅をするのは――孤独だった」
「それは君がまだ子供だからだ」
「そうなのかしら」
シェリルは、カップの果汁を一口飲むと続ける。
「とにかく、わたしは誰かと一緒に旅をしたくなったの」
シェリルは炎を見ながら続ける。
「わたしがあなたを初めて見たのは、旅に出て1年が経つ頃だった。西の国のアルタという街で――」
シェリルの言葉を聞きながら、ノランも炎を見つめながら思いだした。
アルタは、彼が主を得て騎士として行動を始めたばかりの頃に訪れた街だった。
「街に入ったわたしが、宿を探して通りを歩いていると、大きな叫び声がした。見ると、一人の女の子が大きな傭兵らしい男に襲われようとしていたの――」
男は、少女の首を掴んで持ち上げると、地面に叩きつけようとした。
しかしその腕は、突然後ろから現れた腕につかまれて、それ以上動がなくなる。
「なにしやがる」
振り返った傭兵は、腕をつかんだ男に食ってかかった。
「お前こそ、子供に何をしている」
「こいつが、俺に悪運をつけやがったから、懲らしめるところよ」
「悪運?」
「ちがうよ、俺たちは、傭兵さんに良運を手に入れてもらおうとしただけだよ」
遠巻きにして、心配そうに少女を見上げる子供たちが口々に言う。
全員が、手に大小様々な鳥籠を持っていた。
放鳥を生業とする子供たちだ。
常に死と隣り合わせの傭兵たちの中には、自分にとっての良い流れや悪い流れを、運と呼んで極端に重要視する者がいる。
そういった兵士たちに、籠の中の様々な生き物を安く買ってもらって野に放ち、彼らの感謝をもって運を良運に変えるという風習が放鳥だ。
どこの国、街でも珍しいものではないが、特に西の国で盛んだった。
放鳥と呼ぶが、放す対象はガルなどの鳥だけではない。
様々な生き物を捕まえて籠にいれるだけでできる商売なので、主に子供たちの生業となっている。
「放鳥で悪運がつくというのがわからないな」
少女を助けた男が首をかしげる。
「こいつを見てみろ」
そういうと、傭兵は少女を男に押し付けて手を離した。
男は、空中でやさしく彼女を受け止める。
少女の向きが変わり、これまでシェリルに見えなかった顔が見えた。
愛らしい顔の少女だった。
そして彼女の眼は、左が青色、右が緑色という、左右の色が違う異色眼だった。
シェリルは、男の顔を見た。
傭兵の中には、いやそれ以外でも、異色眼を不吉の兆候として忌み嫌うものが多い。
いま、少女を助けようとした男が、その仲間でないという保証はない。
一瞬、シェリルは男が傭兵と一緒になって少女をいたぶる未来を想像して、剣に手をかけながら、一歩踏み出ようとした。
「なんて綺麗な色だ」
通りに響き渡る大きな男の声に彼女の足が止まる。
「青色と緑色か。俺が好きだった奴の眼の色を二つとも持っているなんて君は幸運だな」
そういって、男は、少女をそっと地面に降ろすと彼女の手をとった。
「俺にとっちゃ、この子は良運を与えてくれる別嬪さんに見えるがなぁ――お前とは違って」
「うるせぇ、きれいごと並べやがって。そんな化物、この街から追い出してやる」
「化物――」
そうつぶやく男の眼を見たシェリルの背に戦慄が走った。
よほど、その言葉が嫌いなのか、男の眼が、一瞬だけだが殺人者の眼になったからだ。
が、すぐに温和な表情に戻ると、男は、彼らを囲んで大きな輪を作っている観衆に向かって声を張り上げる。
「俺は騎士――」
そう言いかけて、男が言いなおす。
「今は亡きイグナス・サンクトレイカ王女に連なるユスラ姫がただ一人の家臣、騎士ノラン・ジュード。お前は?」
「西の国、黒鎧の団、50人長バロネス・イバネス」
「バロネス、お前はこの子が悪運を呼び込むと思った。俺は良運を与えてくれると思う。お互い、思った、思うじゃ堂々巡りだ。そこでだ――」
ノランと名乗った騎士は、少女に金を払って、彼女の籠からすべての鳥を解放した。
そして、少女の前に跪き、彼女の手に額を当てる。
ノランは、さらに良く通る声を張り上げた。
「これで、俺は、この子から、目いっぱい良運をもらった。さあ、バロネス、俺と勝負しろ。俺が勝てば、彼女の眼は良運を与えてくれることが証明される――だろう?」
「まぁ」
思わずシェリルは微笑んだ。
ノランと名乗る騎士は、異色眼を歯牙にもかけず、それどころか観衆の中にもいるはずの、異色眼を不吉と思う者たちの考えを、男との勝負で変えてしまおうとしているのだ。
会ったばかりの、見ず知らずの少女の未来のために。
ただ――
シェリルは、ノランと、勝負に応じようと彼の前に歩み出るバロネスを見比べた。
ノランも素晴らしい体格をしているが、バロネスの方が耳から上の分、背が高く、体重は倍近くありそうだ。
有体に言えば、ノランが勝つのは絶望的に見える。
だが、勝たなければノランの目論見は無駄になるのだ。




