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ハートフル・ハート

 快里が、切ない思いをしながら病室に戻ると、ネイもすでに来ていて、メイと話していた。

 快里は二人に涙の跡ばれないように袖で目の縁を(ぬぐ)った。

「あ、快里くん」

 ネイが快里に気がつく。快里は病室に入り、ベッドに座った。

「快里くん、変わったね」

 ネイが椅子にすわりながら言う。

「そう?」

「アタシもそう思った」

 メイも相づちを打った。

「そうかなぁ?」

 自分自身、変わっている感じはするものの、何となくそう答える。

「それにメイもちょっと変わったかな」

 ほんの少しだけ残念そうにネイがメイに向かって言う。

「そっかなぁ?予備校に行くようになって、ネイもちょっと変わったと思うよ」

 メイはおかしそうに笑いながら話した。

「それって良い意味で?」

「うん、たぶんね」

 メイとネイの他愛のない話。

 快里はこの会話を聞いていることで、自分を暖めてくれるような気がしていた。メイとネイはどっちがどう変わったか?という話をしている。快里は半分、それを聞きながら窓の外の桜を眺めていた。

 お母さんか……

 今まで一度も意識したことがない母親。それが、意外な形で現れたことに、狼狽(ろうばい)している自分がいる。

 ふと、心臓がトクッとなって意志を主張したような気がした。

 依入は自分を忘れた母を最後まで恨んでなかった。ただひたすら悲しんでいた。快里はどうにかして依子に、自分に娘がいたことを思い出して欲しかった。

 そのために何をすべきか。快里は、窓の外の桜の花びら1枚1枚を凝視しながら、それを考えていた。

「快里、何考えてるの?」

 メイが快里の顔を見て優しそうに話す。目覚めてからメイはびっくりするほどずっと優しい。

「あ、あぁ。たいしたことじゃないかな」

「いま、ネイと快里のどの辺が変わったのかを話してたんだよ。聞いてなかったでしょ」

「あ、そうなの?どの辺が変わった?」

「快里さ、昔はいつも冷静だったけど、依入さんに心臓をもらってから、カワイくなったよ」

「あんまり、女の子に可愛いって言われてもうれしくないよ」

 苦笑しながら快里は話す。

「私は言われるとうれしいけどな」

 ネイは赤い顔をしながら上目遣いで話した。

「それは、ネイもメイも女の子なんだから」

「そうだよね」

 双子で揃って同じように笑う。

「そういえばね……」

 ネイが、急に真剣な顔をして話を切り出してきた。顔色を見てメイも分かったのか、同じような表情になる。

「三崎先生が、快里くんのこと心配してたよ」

「三崎先生が?……そっか、三崎先生にはお世話になってるんだな」

 快里は、何かを思い出したように、窓の外を見た。

 メイは慌てて付け加えた。

「だけじゃないよ。谷口先生も、他の先生も、良くアタシ達に聞いてくるんだよ。本間はどうだ?良くなったか?なにかしてあげられることはないか?って」

 びっくりしたように快里はメイとネイの顔を見た。

 ネイが話し始める。

「谷口先生ね。今まで受け持ったことがない程、快里くんって優秀な生徒だから。先生達みんな、快里くんを教えるのには、力不足で本当に申し訳ないって。病気が良くなって将来活躍して欲しいって。そしたら、きっと北高の、これからの北高の生徒全員の誇りになれる人になるからって。本当に心配してたよ」

 快里ははっとした。急に情けない感じがしてきた。人の愛に気がつけないなんて、なんて馬鹿だったんだろう。

「ありがとう……僕が馬鹿だった、愛は遍在(へんざい)してたんだね……」

「ば……馬鹿じゃないよ、快里くんは」

 慌ててネイが慰めるようにいう。

「えっと……遍在?快里は難しい言葉、使い過ぎだよ」

 メイが尋ねた。

「自分に向けられる愛は、いたるところ、そこらじゅうにあるって事だよ」

 少し笑みを浮かべながら快里は話した。

「そうだ。二人に聞いてみたいことがあるんだけど」

「あ、珍しい。なになに?」

 なぜか、メイがうれしそうだ。

「ねぇ。ええと。なんて言ったらいいのかな」

「なに?」

「僕には今まで心がなかったのかな?心が心臓にあるのだとしたら、今、僕の心は依入の心なのかな。僕は心臓がなかったから、僕には心が一生無いんじゃないだろうか?」

「ん〜」

 また難しいことを聞くなぁというような顔。生芽衣が悩んだ。快里はメイが悩んでる間、じっと待っていた。

「良くわかんない。……でも、アタシ達は一卵性双生児だよ。快里が前に言ってくれたじゃない。DNAも一緒だから心臓の設計図までは同じって。そうなると、アタシとネイの心は一緒だよ?でも、アタシとネイは一緒じゃないって言ってくれたでしょ?」

 何かが吹っ切れたようにメイが話す。

「俺も、そう言う解釈で正しいと思うよ」

 克之がいつの間にか病室の入り口に立っていた。三人の視線が克之に注がれるとベッドの方まで歩きながら、克之が話し始めた。

「心には確かに心臓が必要だったかもしれない。でもきっと心臓は心そのものじゃなくて、心を形成するための一つのパーツなんだと思うんだよ。脳だけでも感情はできる。だけどリーシャが証明したように、知識と知能と感情と、心とは別物なんだ。そこに、心臓がつくことで心が入った。だけども、それは心臓が心というわけじゃない」

「なんか哲学的で難しい話だね」

 ネイが口を挟む。

「単純な足し算引き算じゃないってことだよ。たとえば……そうだな。美しい絵を100ピースのジグソーパズルにしたときそのうちの1ピースには、元の絵の100分の1の価値があるとおもう?ないよね?絵は完成してるから美しい。逆に、1ピースたりないと絵は完成しない。だとしたら、心臓だって心を作るための1ピースに過ぎないんじゃないかな?」

「そうかもしれないな……」

 快里は窓の外を見ながら考えた。

「だけど……おまえがもし、自分の心が依入さんの心だと思いたいなら、それでもいいのかもしれない。でもそう感じられるのならば、おまえにも心があるってことだと思うよ。人はパーツじゃないんだから……」

 克之の話を受けるように、快里の心臓がトクっと動いた気がした。

「ん〜よくわかんないんだけど。心臓って案外、心情的なものだったんだね」

 苦笑いしながらメイが話す。

「そうだね。心情的、ハートフル(heartfelt)。心臓ってまさにハート、だからな」

 克之はうれしそうにメイの答えにうなずいた。

「ハートフルなハートか……」

 快里の心臓はうれしそうに脈を打っていた。


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