残酷な真実と向き合う心
快里は、兄が手を握っていてくれたこと、終始黙っていてくれたことがありがたかった。割り切ることもできず整理もつかない頭の中。始めての感情。いままで感情が整理できないことなんてことは、一度もなかったけれど、今日はそれらが心の留め金のどこかに引っかかって、一生、ぷらぷらと留まり続けるような気がしていた。
「兄ちゃん……、ありがとう。行かなかったら絶対後悔してた」
「そう、だろうな」
クルマの中はお互い向き合わなくても話せるから、いつもとは特別なことが話しやすい。快里は思い切って、心にひっかかっていることを聞いてみた。
「依入が言ったんだよ。僕と依入は双子だって。どういうことかわかる?」
克之はつばを飲み込んで一瞬沈黙をした。大きく息を吐きながらバイパス道路の遠くをじっと見つめ、何とも言えない顔持ちで口を開いた。
「あぁ……。俺も今回のことがあって初めて親父から聞いたんだ」
「え?僕と依入は年が八つも離れてたんだよ?」
「あぁ。詳しいことは親父に聞いてくれよ。俺が聞いたこと、そして、それに関して俺が思ったことを話してやるよ」
そう言いながら克之は寄り道をしようとしてバイパスから降り、川沿いの土手まで移動するとクルマを止めた。リクライニングシートを多少下げて少しだけ寝そべるようになり、フロントガラスに映り込む川をじっと見ながら話し始めた。
快里が双子として生まれた話。依子さんの子供だと言うこと。親父が何とか助けようとして、人工心臓を埋め込んだという話。
そして克之にとってはもっとも大事な話。
快里の肉親はたしかに俊克ではないかもしれないが、父、俊克は、快里の育ての親は自分だと思っているということ。それからもう一つ、つまり克之自身も快里とは血の繋がりこそ無いが、それでもなによりも大事な弟だということを、強く、強く、付け加えて話した。
それは父、主に克之が俊克から聞いたことだった。
「そうなんだ……。じゃ、やっぱり依入が言っていた通りだったんだ」
ぽつりと消え入るような声。
「依入は直感的に真実を見極めてたのかな……」
快里はまぶたが腫れた目を閉じた。
「女の人は直感で判断できる人が多いみたいだからな。俺たちみたいに理屈っぽいと、見えなくなることは多いのさ。どっちがよいってもんじゃないんだよ」
「ははっそうだね。女の人ってすごいな」
「そうおもう」
克之は少しだけ笑った。
少しの沈黙のあと快里が克之の方を向いた。
「兄ちゃん……これからも兄ちゃんっていって良いんだよね?」
「おまえ、当たり前だろ?一緒に育ったんだから。それから親父も、どんな事実があっても快里の親父だと言ってたよ。第一、親父が大変な思いをして、快里の命を救ったことは事実なんだから」
「ありがとう……。それから依子さんの治療、できることがあれば協力するよ。だって、僕のお母さんだしね」
「あぁ、依子さんか……」
担当医がそう言ってはまずいのだろうが、克之は依子さんが正直、嫌いになりかけていた。どうして、自分の娘の死にゆく時まで自分自身の『都合』を頑なに守らなくてはならないのだろうか?それほどまでに人間は弱くて罪な生き物だということ。いや、『弱さ』がこれほどまでに罪だということを、痛感させられる存在だったからだ。
「そうだな……いや」
克之は言葉を進めた。
「それよりも先に。まずは、お前が罹患してる精神の病気について、俺が思ってることを話すよ」
克之は、快里が解離性障害の類で、DIDに似たものであるのではないかと言うことを説明した。それから培養液に入っていた時間が長かったからではないかという仮定、そしてリーシャのことと照らし合わせて、快里が向かっている問題について聞いてみた。
「最終的には……ホストとオリジナルを融合させればよいことになる。オリジナルには人格はないんだし、」
「ホストには心が足りない、と」
快里が遮るように答える。
「え?」
「兄ちゃん、以前言ってたよね。心臓と心の関係に関する仮定」
「あぁ」
「それが正しいとすれば、ホスト、つまり僕は、オリジナルではなくて心がないことになる」
少しの沈黙。克之がちらりと快里の表情を確認した上で話し始めた。
「心のないホストと、人格がないオリジナル。いや。どちらか……ではなくて、間違いなくどちらも同じお前だよ。最近、気を失うほど集中することは?」
「そう言えば……無い……かなぁ?物思いに耽ることがあっても、身の回りに起きることに干渉されちゃって、すぐに考えが中断しちゃうんだ」
「だとすると、依入さんの心臓を入れたことによって、ホストとオリジナルが融合を始めた可能性も高いぜ?」
「仮定は正しかったって?」
少し笑顔をして、快里が言った。
「兄ちゃん、そろそろ戻ろう。話してくれてありがとう。だいたいわかった。のんびり考えて、頭の中で整理するよ。どうせ入院生活は退屈なんだし」
「そうだな。じゃ行くか」
二人が乗ったクルマは、颯爽と病院に向けて走り始めた。クルマで巻き上げられた花びらが、一つ一つ、地面に落ちていた。




