消えていく想い
「くそう。だめだ、ここから下には行けそうもない」
克之は舌打ちをしながら、快里と依入が落ちていった滝以外に、滝の下まで降りれるルートを探していた。
「メイ、この下に降りる他のルートは?」
「無理だよ、前に遠足の時にも、誰かが帽子を落として取りに行けなかったんだ」
「落ちたのは帽子じゃないんだ。俺の弟なんだ」
ヒステリックに叫んだ後で、メイに怒鳴っても仕方がないことに気がついた。メイとネイはすっかり萎縮している。
「すまん。怒鳴って。快里は何か言ってなかった?」
「沢沿いに上がるには、もっと下流から上がらないとならないって。昔言ってた。この急な林を下るのは無理だよ」
「とりあえず、すぐに下山する。俺は携帯の電波が届くところまで行って助けを呼ぶから、メイとネイはここで快里に話しかけてくれ」
「あ、はい」
ネイが答えた。
克之はネイの返事を確認して、荷物を持つともと来た道から帰ろうとした。
「カツユキ……。怖いよ。こんな所で二人だけだと、置いてかないで」
メイが懇願するような目をする。
確かにそうだ。ここももうすぐ日が暮れる。この場に二人を置いていくのは、余計に危険だろう。
「わかった、一緒に行こう。携帯の電波の届くところまでついたら、助けを呼ぼう」
「うん」
克之とメイとネイは、三人でもと来た道を歩き始めた。
自然と早歩きになって、メイとネイが時折駆け足でついてくる。克之は携帯電話を見ては、圏外のマークをみて舌打ちをしていた。
30分もするとさっきいた高台のところまで来た。
「よし、ここなら電波が届く」
克之は脇道にそれて高台まで言って、アンテナをのばして助けを呼んだ。午後4時すぎ。なんとか日が暮れる前には、快里と依入を見つけ出せたら良いのだが……。
快里は滝の下の河原の暗がりで、依入を抱きかかえるようにして気を失いかけていた。依入はそれまでに多くの出血をしたせいで、すでに意識を失っていた。
紺色をした空が木々の隙間から見え、夜が近いことを告げていた。快里は依入の手をぎゅっと握った。
依入。
神様は残酷だ。
依入は母と二人だけで生きてきた。およそ普通の母娘よりも強い結びつきを持ってただろうに。おそらく依子さんは依入が死んだことも気づかずに、自分の世界に閉じこもったままで居続けるだろう。
依入は母にさえ忘れられたまま、この世を去るかも知れないのだ。
そのとき、ライトが照らされた。
「おい、そこにいるのか?」
助かった!
「早く!依入の腹に枝が……」
救助にきた数人が担架をだして、意識がもうろうとした依入を持ち上げた。
「君は?大丈夫なのか?」
「なんとか」
「横になれ。体中打撲の痕があるぞ」
そして快里が担架に乗ろうとしたとき、依入が口を開いた。
「快里……」
快里はすぐに依入の手を持つ。
「僕だよ」
「忘れないでね……。快里……。私が死んだら……お姉ちゃんの心臓をもらって……。……約束……だよ」
力無く。
最後の一言を依入が言ったのかどうかわからない。快里にそう聞こえただけかも知れない。依入はそう言い終えたとき、快里の腕を握った手からふっと力が抜けた。
シンクロ……。
魂と魂が重なり合うかのように……。
瞬間が止まり、戻り出すかのような錯覚の中で、快里の体中をなにかが勢いよくかけ抜けた。一瞬で何かが切り替わったように、深い闇に捕らわれた。
そして闇は快里の体も蝕むことになった。




