桜んぼの種
快里とメイとネイの母校の小学校。
学校を周回する道を通って、学校裏に通じる山道を行くことにした。
小学生、いや中学生ぐらいまでは、校庭を横切って学校の裏口まで行っても何の躊躇いも感じなかった。年がほんの少し過ぎ去っただけなのに、母校がなんとなくよそよそしく感じてくる感覚。それがまた寂しいような気がしてならない。
「ところで、メイちゃんとネイちゃんって、いつからメイ、ネイって言われてたの?」
依入がふと思い出したように聞く。
「幼稚園の時からだっけ?」
生芽衣が思い出しながら稲委に相づちを求めた。
「うん、確かそうだったはず」
「僕は覚えてるよ。子供の時はメイもネイも二人とも舌足らずだったから。幼稚園での自己紹介の時、みんなにはそう聞こえたんだよ。『ささきぃめいです』っていうから」
快里が言う。
「あぁ、それでだったのかぁ」
メイが意外な顔をした。
「あれ、今知ったの?」
「うん」
「佐々木って最後の母音がイで終わるから。だから余計に言いづらかったんだと思うよ」
「ネイちゃんもメイちゃんも、幼稚園の時は『サ行』がちゃんと発音できなかったんぜ。覚えてるか?いっつも『ちゃちゃきぃねい』、『ちゃちゃきぃめい』って言ってたんだから」
三人の子供の時を見てる大人はここでは克之だけだ。
「可愛いくて良いじゃん」
「小学校1年のときの習字の時間まで、みんな本当の名前を知らなかったんじゃないかなぁ」
「そうだったんだ」
「幼稚園の時の愛称がいまだに残ってるなんて珍しいね。私は子供の時にはえっちゃんって言われてたけど、中学と高校の友達は『えいり』って直接言われてたなぁ」
「言いやすい名前だからかな」
「『藤木さん』とは一部の男子からしか言われなかった気がする」
「じゃあ、比較的仲が良かった人は、みんな『依入』って名指しで呼んでたんだ」
「そうね。でもちょっと、苗字で呼ばれるのも憧れてたけど」
「ん〜。わからないでもないかな」
「快里も本間って言われること滅多にないよね?」
「僕の名前も依入先生と一緒で言いやすいからかな」
「そうかも」
「俺は本間ってずっと言われ続けたなぁ」
「カツユキっていいづらいのかな?」
「どうなんだろな」
「お兄さんは苗字で呼ばれそうなタイプっぽい気がするもの」
「そうかなぁ?」
「わかんないけど」
快里はみんなの雑談を聞きながら小学校を見ていた。金網越しに見える校庭の景色を見ると思い出す。
他の桜の木より、ほんの少しだけ甘い実をつける桜の古木。ソメイヨシノのように見えるのに、小ぶりな実をつける。初夏になると食用チェリーよりも濃いバイオレット色をしたチェリーの実をつけていた。快里は、木の蜜と潰れたチェリーで体操着を汚しまくって木登りをした友達を、下から羨ましそうに見ていたことを思い出した。
上からチェリーと一緒に毛虫も落ちてきたよな。
そういえば学校でチェリーを食べることが流行ったせいで、種を飛ばしあうことが流行っていた。服に付くと洗濯しても落ちなくて大変だったことを覚えてる。
今となっては懐かしいが、どうして子供はそんなつまらないことで盛り上がれるのだろう。どうして自分だけは、下らない遊びの輪に入り込めなかったのだろう。考えてみると不思議だ。いつも思う、もう少しバカになれたら、人生も楽しかったと思うのに……。体が悪いからそういう遊びはいつも外から見てたのだろうか。
「あの桜、今もおいしい実をつけるのかな?」
メイが突然指を指して言った。同じことを考えていたようだ。
「私もそれを考えてたの。でも多分、今食べてもおいしくないと思うんだけど」
ネイがもっともなことを言う。
「学校ではおやつが出ないからおいしかったんだと思うけどな」
「種を飛ばしたよね。びゅって」
「誰が一番遠くに飛ばせるかって?」
「そうそう」
メイは楽しそうに笑いながら続けた。
「あたしとネイはいつも同じぐらいしか飛ばなくてさ。俊樹君だっけ?すごい距離を飛ばしてたの」
「そういうこともあったね」
「そういえば、俊樹君にだけ快里が裏技を教えてたよね?あれはどうやってたの?」
「快里、お前もやってたのか?」
意外そうな顔をして、克之が話に加わる。
「うぅん、快里くんはこういうことは昔から絶対やらなくって。ほら、あのバックネットの近くにあるベンチに良く座って見てたんだ」
「子供の時から、快里君は快里君らしかったのね」
「そういえば、あんまり快里とは変な遊びはしなかったよね」
「十分したと思うんだけどなぁ」
「ねぇ。種とばしの裏技ってなんだったの?」
メイが快里の手をつかんでいう。
「メイ、今でもそんなこと知りたいの?」
「だって、謎は解けた方が良いじゃん」
「じゃあ、謎のままにしておくか」
「もう意地悪だなぁ。そんなこといってると……」
メイはすこし考えながら言った。
「そうだな……意地悪するぞ」
「……」
「……」
「どう意地悪するのか何にも明確じゃないけど、それが一番怖そうだなぁ……」
いつものペースだ。
「あれはね、舌を縦に丸めて、その上に種を置くんだよ」
「こんな感じ?」
メイが舌を縦に丸めて見せた。
「そう。それで、その上に種を置いて、思いっきり息を吐くわけ」
「そんだけ?それで飛ぶの?」
「それだけだよ」
「でも俊樹君だけ他の人の倍ぐらい飛んでたよね?」
「あれは俊樹君自身に肺活量があったんだと思うよ。水泳が得意だったでしょ、彼は。そう思ったから俊樹君に教えたんだし」
「快里、そういうのってどこで見つけるの?」
「さあ、理屈に加えてなんとなくイメージかな」
「そういうもんなんだ。あたしにはさっぱりだよ」
「なにが?」
「そんなのさっぱり浮かばないってこと」




