待ち合わせ
日曜日は幸いにして朝から快晴。町並みのコントラストははっきりと陰と日向でくっきりと分かれていた。
梅の花が落ち、まだ肌寒さを感じる中で、暖かい日なたにある桜だけがちいさな蕾をつけていた。枝が不規則な風にゆれ、時折、春一番と感じられるような風が、強く吹き付けていた。
期末テストが終わって、開放的な感じが学校全体に広がっている。先生達は採点で忙しいが、ただ一人依入だけは午後のホームルームを終えると学校を抜け出し、毎日必ず病院に通っていた。
依入の母の病気は、同僚みんなの知るところとなっていたが、生徒達は新任教師のプライベートには特別興味はない。試験に解放されてユルユルになっている頭に入っている関心事は、いかにして春休みを遊ぶのか、あるいはもう少しで終わる部活で何をするのか。それだけでいっぱいだった。
快里はネイとメイに特別なことを話したつもりはなかったが、依入の母、依子の話は、いつのまにかネイとメイの耳にも入っていた。しかし、だからこそ今日のピクニックも気軽にネイとメイを誘うことができたのだが。
まぁ何も言わずに遊びに行くと後が怖いしな。
そう思いながら、双子の姉妹に緩く拘束されている状態が嫌いでは無い自分に気がついていた。
肌寒い感じがする中で兄と二人で佐々木家の前でネイとメイの出発を待っていた。準備ができたということでメイから出て来たが、それにしても出てくるのが遅い。
「ほら、ネイ、行くよ」
メイの声が聞こえた。
「え〜。似合ってるのかなぁ、これ」
ネイの声だ。
「ん〜。大丈夫だよぉ。……多分」
「だって、こういう服、来たこと無いんだもん」
「大丈夫、あたしの服なんだから」
「でも……」
「依入ちゃん待ってるよ。早く行こう」
玄関から声が漏れ聞こえる。快里は克之と顔を見合わせて思わず苦笑しあった。
「あ……」
ネイが快里と目があって、思わず声を上げた。
「変じゃないかな、これ」
「人の服、変なんて言って、失礼ねぇ」
「だってメイには似合ってても……」
「可愛いとおもうよ」
苦笑をしながら、克之が言った。
「快里くん、どう思う?」
「借り物の服って感じがするけど……、新鮮で良いと思うよ」
「ぅ、言葉、選んだ……」
「そんなこと無いよ。えっと」
「やっぱ、着替えてくる……」
「ネイ、行くよ。依入ちゃん待ってるんだから」
「えぇ〜。メイ、ひどい……」
四人はそのままバスを使って駅に向かった。日曜の朝早くなので学生はいない。道が比較的空いていたせいでバスは予定時刻よりも1分ほど早くついた。快里は駅前のバス停に降りると、少し延びをした。ふっと抜けて立ちくらみをするような感じがなんとなく気持ちがよい。
午前10時。喋りながら依入を待つことにした。そろそろ依入が来ても良い頃だ。
「先生、遅いね」
稲委が心配して言った。
「おかしいな。一応、朝10時だって連絡をしたんだけど。待ち合わせ場所、間違えて教えたかな」
「快里は今までそういう間違いしたことないでしょ?依入ちゃん、そそっかしそうだし、時間、間違えてるんじゃないの?」
生芽衣が言う。
「携帯は?」
快里は携帯電話を取り出して、彼女に電話をかけた。
「圏外」
「う〜ん。気負いしてないと良いんだけどな」
ぽつりと克之が言った。
「先生のお母さん?」
「そう。依入先生、お疲れだと思うから、あんまりお母さんの話題には触れないようにな」
「カツユキ、後ろ」
「おはよう。大丈夫よ。本間先生」
「おぉ。びっくりした。先生、いつの間にいらっしゃったんですか?」
「今、ついたところなの。本間先生が私に気を使ってくれた話は聞こえちゃったけど」
「すみません」
「うぅん。ありがとう。大丈夫、私は元気だから」
「先生、どうして遅れたの?」
「ごめんね。ちょっと病院に行っててね」
「依子さんのところに行ってたんですか?」
「うん、何となく気になってね。出かけてくるよって話をして来たの」
「どうでした?」
「うん、相変わらず……。なんとなく……。私を見た瞬間に何事もなかったように『えいり』って言ってくれるのを期待しちゃったんだけど。……だめだった。本間先生にいけないって言われてたけど、思わず『お母さん』って呟いてみちゃった。でも、聞こえなかったみたい……」
依入は少し涙ぐんで言っていた。
「ごめんね、こんな話」
「大丈夫だよ。依入先生。兄ちゃんが治してくれるって」
快里が元気づけるようにそう話した。
「大丈夫、必ずなんとかしますよ」
病気なんて他人が治してやると意気込むようなものではない。克之はそう考えながらも、でも依入さんの精神状況を考えれば、そのように言った方が良いのだろう。克之は、根拠なく励ます快里をみながら、らしくないと感じつつも、自分も敢えてそう答えた。
「で、快里どのルートで山に登る?」
メイが、話を変えようと口を挟んだ。彼女なりの配慮なのだろう。
「沢沿いのルートなら小学校の裏山すぐのところからかな。僕たちが小学校時に登ったルートだよ。林の中を越えて滝があるから、水の音が聞こえてリラックスには良いかもね。手っ取り早く登るルートなら、隣町まで電車で行ってバスを使って登山口まで行く方法だけど、日陰が少ないし、南側から上るからやっぱり暑いんだよね」
「日陰の方がいいな」
メイが眉を細めて直感的に言う。
「でも沢沿いの道はちょっと険しかったよね?」
そっくりな顔をしてネイが、思い出すように話した。
「まぁね」
「あ。でも、滝は見てみたいかな」
と、依入。
「滝の下からは見れないよ、上からだから。だけどそれがまたちょっとだけ怖い」
「そうなんだ」
「でも水は綺麗だよ。僕が子供の時は川の水をそのまま飲めたんだ」
「へぇ。今は?」
「さあ、最近行ってないからわからないけど」
「昔、アニメで主人公が川の水を飲むシーンがあったよねぇ」
メイが思い出したように口を挟んだ。
「あったね。でも、普通の川の水って飲めないもんな」
克之がメイに話した。
「やっぱり子供の時は川の水は飲めないよって、教えられるでしょ」
「普通は、汚いからな」
「だから、アニメの通りに飲める川の水だったからちょっとだけ感動したんだよね」
メイが手を合わせて、興奮したように話す。
「あ、それ良いな。川の水なんて飲んだことないよ、私」
依入は、感嘆しつつ話に加わった。
「じゃ、そのルートにしようか」
快里達は小学校行きのバスに乗り込んだ。




