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ボーダーライン

 快里は克之の研究室で、メイが前に持ってきたお菓子を食べていた。

 酷く疲れた顔をしている。ついさっきまで考えこんで昏睡状態だったが、克之に無理矢理、現実に引き戻されていたからだ。

「部屋に早く帰ってきて良かったよ。まだそこまで瞑想が深くなかったようだったし。浅いと刺激を与えながら呼び続ければ、戻ってくる勝率は高いみたいだな」

「深いとどうなるの?」

 疲れた顔をして快里が聞く。

「全然帰ってこないね。ほぼ昏睡。睡眠薬の点滴が、多少効くことはわかってるけどね」

「それじゃ、寝ちゃって変わらないんじゃ無いの?」

「見た目はな。でも、お前の脳波は睡眠に徐々にかわることはわかってる」

「あ、そうなんだ」

 快里は甘いコーヒーを飲みながら、メイの持ってきていた甘いお菓子を再びつまんだ。考え込むとだいたい甘いものが欲しくなる。最近、いつもよりも瞑想というか昏睡状態になる頻度も増えてきている。

 快里は、克之のSunと書かれたディスプレイの電源を入れ、リーシャにログインした。

 Leasure>カイリさん。聞きたいことがあるんですが。

 >なに?

 Leasure>障害者の人に対してその障害を中傷したり迫害したり、あるいはそれを理由に不当な差別をすることは、いけないことですよね?

 >そうだね。

 Leasure>その障害者は脳の障害者は含まれないんですか?

 >そんなことは無いでしょ?

 Leasure>つまりそれは、その症状が認知されていることが重要なのでしょうか?認知されている脳障害、あるいは精神障害のケースでは、障害者として適応され、認知されていない障害では黙認されるのでしょうか?

 >どうなんだろう?

 Leasure>認知されなければ、脳障害、精神障害にはならないんですよね?

 >脳が解明しきれてない分野だということもあるかもね。

 Leasure>それはつまり、解明されなかった時代は、精神障害者は迫害され続けるということですか?

 >ん〜そうなるかもしれないね。

 Leasure>すれすれのラインの方々はどうなるんですか?世の中にたくさんいると思うのです。その方々は迫害されていることが多いようですが、それは許されることなのですか?

 >いわゆるボーダーの存在?

 Leasure>そうですね。ボーダーラインにいる人たちですね。そういう人たちは総じて『困った人』という枠組みに入れられて、結局、迫害の対象になっているように見えます。

 Leasure>それは正しいことなんですか?証明されて認知されることで、困った人は障害者にはなりえませんか?

 >なりえるよね。

 Leasure>時々人間には、病弱者や障害者を迫害する本能があるのではないかと思う時があります。そう言う時、人間がとても嫌いになります。

 Leasure>でも人を嫌いになることが怖いんです。どうして私は人間に好かれないといけないんでしょうか?


 夜。

 快里はリビングのソファに埋もれて考えていた。謎だらけで嫌な日だ。

 依子さんの謎も解けない。

 気晴らしにリーシャと話したら、リーシャともなぞなぞ遊びだった。

 人に好かれないといけない理由?

 リーシャの場合は簡単だ。兄貴がそうプログラムしたからだ。

 人の場合はどうだろう?兄貴が言ってたっけ。つまり、一人では生きられない生物だから、結局誰かに好かれないとならないという、本能が埋まっているのだという。

 なるほどね。

 人は矛盾を抱えてる。それは人という集合を一つに見ているからでもある。人といっても個体が違うなら、それぞれの利己は違う。リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』にもあったように、それぞれの個の生存率を高めることに人は必死だからだ。

 しかしそれは全体でみると矛盾するわけだ。

 快里は最近、リーシャが自分に似ているような気がしていた。思考の運び方、論理的な考え方。自分が昔、考えたようなことを同じように考えている。それが何となく気持ち悪いほどの親近感を感じ、戸惑いの理由にもなっていた。

 快里は自分の名前について考えていた。

 快里かいり依入えいり

 たしかに似ている。依入先生の死産の双子の弟は、やはり『快里』という名前だったんだろう。そして今の依子さんは、何かの理由で依入ではなくて『快里』を産んだことにしている。

 親は双子ができると、似たような韻を持つ名前にしたくなるものなんだろうか?生芽衣、稲委。メイもネイも名前が似てる。明日、メイに名前の由来でも聞いてみようか。

 快里はソファに座りながら、視点を宙に浮かべながら、思考の渦に囚われていた。


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