押さえつけた記憶
依入と快里は暫くすると克之に呼ばれ、診察室に入った。
「言えることはそれほど多くはありません」
克之は二人が診察室に入り扉がしまったのを確認すると口を開いた。言葉に会わせて依入が振り向く。
「そんなに難しいんですか?」
「いえ、そうではありません。まだ調べている最中だということです。実際にいくつかのテストを行ってみて、まずは患者さんが……、依子さんがどの分類なのか診断しないとなりません」
「要はまだ診断が終了してないってことだよ。先生」
「そうなんですか……あの……今わかってることで良いから、教えてもらえますか?」
快里は克之と顔を見合わせた。兄はあまりはっきりしてない時にものを言いたがらないからだ。ただ快里は、少しでもわかっていることがあれば藤木先生に教えてあげたかったし、自分も知りたいことが沢山あった。
「まだ、はっきりとしたことは言えませんが……」
兄は少し間をおいて、はっきりとは言い切れないと念を押しながら続けた。
「おそらくは、解離性障害の類ではないかと思います」
「それはどういう病気なんですか?良くなるんですか?」
「解離状態というのは誰にでもあることなんですよ。たとえば考え事をしながら運転をしていたら、知らないうちに目的地に着いていた……とか、会話の一部を覚えて無いだとか。つまり、あることに集中している意識から、別の意識に移行する過渡状態の時に、普段とは違う意識状態になること。それが解離状態というものです」
克之はそうやってあたりさわりなく核心から離れた説明をしたつもりだったのだが、依入は一言、核心の質問を投げかけた。
「どうして……母の頭の中で快里君を生んだことになってるんですか?」
「……それは私にもよくわかりません。解離性の状況は、聞いたことがあるかと思うのですが、PTSDなどのトラウマの後遺症であることが多いのです。依子さんが何かトラウマを抱えてるように見えたことはありませんか?」
「以前……話した程度です」
「依子さんの頭の中には、こうじゃなくてはならないという強迫観念のようなものがあります。それが抑圧となって、今の状況になっています」
「……どうして私の名前を出すと、母はヒステリーを起こすんですか?」
快里はそれが一番聞きたい核心のように感じた。
「残念ながらそこまではまだわかりません」
「私……。お母さんに忘れられてしまったけど……しばらくお母さんを介護するために通って良いですか?」
「もちろんですよ。ただ……しばらくは別名を名乗っていたほうが良いかもしれません。それから、看護師と依子さんの入院手続きをしておいて下さい」
克之が目で合図をした。席を外してくれということらしい。
快里は兄の診察室を後にした。
依入はその日も結局、何もわからぬまま、入院の手続きだけをして一人帰路についた。本間先生に母のトラウマになりそうなことはないかと聞かれたが、母は自分の子供の時からそういうことを微塵も見せなかったのだ。
依入はこれから一人で何をしていいのかわからなくなってきていた。




