そうでならなくてはならない
依入は母の着替えを持って病院に行くと、精神科に直行した。昨日は結局、克之に任せっきりになっていたからだ。荷物を看護婦の方に渡してロビーでしばし待つと、先ほどの看護婦に呼ばれた。
看護婦は、何も喋らないようにと依入に念を押しつつ、克之の診察室に入った。克之はちょうど依子をカウンセリングしていたところだった。
快里が病院に到着したときには、兄貴と依入先生は、すでに依子さんの病室にいて、依子さんを交えて話をしていた。
快里は邪魔しちゃ悪いかと思いながら、ドアを開けずに話に聞き入っていた。こんなことを聞き耳を立てるのも申し訳ないのだが、気になってしかたがない。
「そう、依子さん、それで昨日はよく眠れました?」
克之が聞く。
「ええ、昨日はすごい良いことがあったんですよ」
「どうしたんですか?」
「昨日、男の子を産んだんです」
あり得ない話。それに動揺する依入と、淡々と話を聞く兄。
「男の子が生まれたんですか?」
「えぇ……。一つ子です」
一つ子?……快里はその言葉に強烈な違和感を覚えた。
「ほう」
「夫が快という名前だったから、カイリっていう名前を付けたんですよ」
「カイリ……君ですか?」
克之の少し動揺した声。普段から、こう言うカウンセリングにはなれているはずだが、自分の弟の名が出てきたことで驚きが隠せないようだ。
「変わった名前でしょ?でも夫が自分の名前を取って、快里にするんだって。快い里と書くんですよ」
うれしそうな依子さんと対照的に顔がこわばる克之。
快里も驚きが隠せず後ずさりした。
その音で依子は扉の向こうに立っていた快里を見つけ、うれしそうに言う。
「あ、あなた、いたのね。後で快里を見てあげてね」
次に言われることは何だろう。自分はそれにきちんと受け答えできるのか?快里は急に気味の悪さを感じて、逃げるように立ち去った。
依子は去って行く快里を怪訝そうな顔でみつつ、次に依入の方をみると首をかしげた。
「えっと、あなたは……克之さんのお友達の……やだ、なんて名前だったかしら?」
「あ、え、えっと、依入です」
「依入……えいり?」
自分で言葉を発した瞬間に依子さんの顔色が急に変わった。
「しらない!しらない!」
依子は耳を押さえて宙を見た。必死に何かを考えているようだ。怯えたように誰とも視線を合わせず、病室の片隅を見つめる。
「出てって、みんな出てって!」
明らかな拒絶。
依入はそれを感じて愕然となった。足が震えてその場に立ちすくむ。克之は依入の背中を軽く叩くと、診察室の外にでることを促した。




