わからないこと……
快里は病院から帰ると、制服から着替える間もなくソファにもたれ込んだ。
わからないことがいくつもある。
それらが解決しない限り依子さんの症状が良くならない気がしていた。
僕を自分の夫と間違うということ。
その時の依子さんの表情は若々しい。そして僕のことを「快」と呼ぶ。「快」は依入先生のお父さんの名前だと言っていた。
なぜ僕のことを自分の夫だと思うのだろう。兄貴は僕の方が早く紹介されたからだと言われた。それも少しおかしい気がする。そんなことで夫になってしまうなら、宅配便の人などが毎回夫になってしまいそうだ。
それに、僕を見ると夫と言うことになるからには、何か理由があるのだろう。
それから、僕を生んだことになっているということ。
僕……とは断定できないかな。「かいり」という名前の子供を産んだことになっているということ。
夫だと間違われたから、自分と関係づけしたくなっているだけかもしれない。
ここでわかる確実なことは、依子さんは頭の中で子供を産み、その子が「快里」と名付けられたことだけだ。
くわえて、依入先生の名前を聞くとヒステリーを起こすと言うこと。
そうか。
依子さんの頭の中の世界を否定する存在。つまり現実に引き戻す存在が依入さんなのか。
それぞれに関連があるな。
兄貴が言っているように、現実から逃げたい何かが依子さんの頭の中にあるのだろう。そしてそれは、依子さんの意識が意図的に忘れさせている。
依入先生の名前は、依子さんの本当の現実を意味しているから、その言葉で依子さんは現実に引き戻されてしまう。
でもなぜ、現実に引き戻されてしまってはいけないのだろう?
依子さんは頭の中で、「快」という夫との間に、「快里」という男の子を一人産んだ。一つ子。聞いたことがない言い方だ。双子ではないという否定を意味してるのだろうか。
つまり「かいり」という名前の少年を生まずに、「えいり」という名前の少女を生んだことが、依子さんのトラウマになっている?
訳がわからない。そんな物がトラウマになりうるのか?
僕と関係つけてしまうのは、想像力を膨らませすぎな気もする。
でも、こんな珍しい名前が男の子につけられることって、他にもあるのだろうか……。
堂々巡りになりそうな思考の渦に飲まれていた。
そこには、力が抜けて体がぐったりとしていた快里がいた。二人掛けのソファに駆けていたが体重の支えを失ってずるりと倒れ、そのまま手がぶらりと落ちた。
快里は穏やかに静かに息をしていた。




