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幸せの定義

 小さな町とはいえども駅前は歩行者もクルマも多い。そして駅の駐車場は狭くすぐに満車になってしまう。快里と克之はクルマを止めるために空車待ちの列に並んでいた。一応、約束の時間に間に合うようにと早めに出たのだが、日曜で空車待ちの列はなかなか進まない。

「まいったな。日曜だと長く止める客が多いんだろうな」

 克之が茶色の皮ハンドルを握りしめて言った。

「兄ちゃん、クルマで一応列についてなよ。僕が駅まで依入先生を迎えに行ってくるから」

「もう1時過ぎてるからな。じゃあこの列にいるから悪いけどつれてきてくれよ」

「オッケー」

「失礼がないようにな」

「了解」

 笑いながらゆっくりと言う。駅前駐車場といっても、そこそこ遠くて歩かないとならない。快里は待ち合わせの時間から遅れかけていたので、すこしだけ早歩きで駅を目指した。


 駅のそばでは依入先生がちらちらと改札をのぞいていた。

「依入先生。私服だと全然印象違うね」

 快里は依入を見つけて話しかけた。

「え?あ。快里君。え?」

 思いも寄らない方向から快里がやってきたことで、少しびっくりしたようだ。

「先生どうしたの?」

「ごめん、てっきり改札から出てくると思ったから、ちょっとびっくりしたの。お兄さんは?」

「クルマで来たんだけど、駐車場が満車で入れなかったから呼びに来たんだ」

「あ、じゃあ、駅前の駐車場の列に並んでるのね」

 この町の人なら名ばかりの駅前駐車場が遠いことをみんな知っている。

「そう。兄貴がクルマで行きたいって言ったから、先生の所までクルマで行くことになったんだ」

「あ、じゃあ、私がナビをすればいいのね」

「一応、カーナビはあるけどね」

「すごい。一度見てみたかったんだ」

「え?見たこと無いの?」

「うん。うち、電化製品ってあんまり新しい物がないんだ」

「古いまま大事に使ってるんだ」

「よく言うと、そうだね。でもうち、男の人いないし、電気に強い人がいないの。電子レンジもシンプルで、回してチンっていうやつなんだよ」

 商店街を越えたところに駅前駐車場がある。大きくもない駅の割には、駅前に駐車場が作れなかったらしい。

 快里は依入と話しながら商店街を歩いていた、依入の一歩先ぐらいを歩きながら。しかしなかなか前に進まない。

 依入は快里の背中を見た。ちょっとだけ華奢だけど、十七歳って十分男の人の背中なんだな。依入はそう思いながら、快里の後を歩いていた。

「あ。い〜な。これ」

 数歩(すうほ)歩くと何かを見つけて楽しそうに笑う依入。依入が脇に目を向けると可愛らしい蛙の貯金箱があった。

「今度は何?」

 快里は少し(あき)れつつも、何となく楽しんでいる自分に気がついていた。

「ほら、かえるちゃんの貯金箱。可愛いでしょ」

 依入は楽しそうに持って見せた。商店街のあらゆる店の前を通るたびに何かを見つける依入。

 快里はいつも通る商店街のはずが、新鮮な気持ちを感じていた。

 同じ道。

 それなのに人によってこれほど見え方が違うとは、ある意味で驚きを感じてしまう。

「ねぇ快里君。こうやって待ち合わせして商店街歩いていると、なんかデートみたいだよね」

「……面白いね」

「どうして?」

「そういう先生は初めてだよ」

「あ」

「先生、学校では結構努めて先生っぽく振る舞ってるんでしょ?精神年齢が年相応じゃないって友達から言われない?」

 少しからかいながら快里が言う。

「ぅぅ」

「図星?」

「失敗した……。生徒の前ではもっと年上っぽくしようと思ってたのに。精神年齢が幼いってよく言われるんだ。私」

「だろうねぇ。でもそれが先生が()だったら、しょうがないよ」

「誰かにもそれ言われたよ。お母さんだったかなぁ。むむ……。でも快里君も、精神年齢が年相応じゃないって言われない?」

「う〜ん。老けてるとは言われるかなぁ、兄貴から特に」

「やっぱり?じゃぁ私たち案外、精神年齢は同じくらいかもよ」

「う〜ん……。それでもなんか、年下と話してるような気がするんだよなぁ」

「ひどいなぁ。それって私が幼稚すぎるってこと?」

「いや、そういう意味じゃないんだけど」

「快里君が老けすぎなんだと思うけどなぁ」

「う〜ん。そうかもしれない……かなぁ?」

「絶対そうだよ。だってそんな気がするもん」

「あんまり認めたくないな」

 やがて兄のクルマが見えてきたので、快里はそれを指さした。

「……ほら、あそこの駐車場の列のBMW(ビーエム)。いま駐車場に入ってったクルマ」

「すごい、やっぱりお金持ちなんだ」

「兄貴はたくさん働いてるからね」

「お医者さんなんだなぁ、やっぱり」

「お金持ちの男性って気になる?兄貴は三十二歳だよ。多忙につき彼女なし。本当に多忙だけどね」

「うぅん。実はあんまりお金には執着ないんだ。私」

「執着があるのは?」

「う〜ん。それ言われると難しいな。なんだろうね。普通の幸せかな?家族がいて、と言っても私にはお母さんだけだけど、それからいつか大切な人ができたらその大切な人がいて、友達がいて。それだけで十分、幸せかな……。快里くんは何が幸せなの?」

 快里はそう聞かれて少し考え込んだ。そういえば自分にとって幸せってなんだろう。幸せについて考えたこともなかった。

「うーん……」

 考え込む快里をみて、依入は少しすまなそうな顔をして聞いた。

「あ……やっぱり、心臓の病気が良くなったら幸せなのかな?」

「どうなんだろう……僕は心臓の病気があっても不幸と感じたことは無いんだよね。僕の場合、もしかすると今すぐに心臓が止まっちゃうかも知れなくて、それで命が終わっちゃうかも知れないんだ。実際何度も止まってて、それで何度も偶々助かってるから、僕にはそっちがリアリティがあるんだ」

 無表情で考えながら、人ごとのように快里は言った。

「ご……ごめん、なんかごめん」

 失言したという顔をして依入が謝る。

「え?どうかした?」

 それに対して、全く動じていないように見える快里。

「あ……うん。えっと」

「思うに、幸せかどうかは主観じゃないかと思うんだ。同じ状況でも幸せに感じる人もいれば、そうでない人もいる。突き詰めると、幸せってのは、幸せを感じる能力の高い人にしかこないことになるよね。人から見て恵まれていると思える人でも不幸だと感じる人もいるし、逆に貧しくても幸せを感じられる人もいるよね」

「うん……まぁそうよね」

「そこまでは整理がつくんだけど、じゃあ自分の幸せなんだろうか?と思うと、ちょっとわかんないんだよね。とりあえず、今、生きてるってことは、幸せなのかなぁ?」

「快里君……なんか達観してるのね」

「ネイとメイにはそんなことは言われたりするんだけど。でも、生きてるだけで珍しい状態の心臓だから、その時が来たら仕方が無いよっていうと、どちらにも酷く嫌がられるんだよね。事実なんだから仕方が無いのに」

 眉をハの字にしながら、困った顔をして話す快里。

「えっと……と……とりあえず、快里くんの心臓、良くなるといいね。うん、たぶんそれだよ、それ。なにか良く分からないんだけど」

「そういうもんなのかなぁ?」

「うん、多分」

 依入も眉をハの字にしながら、困った顔をしながら急いで答えて、話題を変えたいように見えた。


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