悪い夢
依子はひたひたとしたぬるい液体の上に気がつくと浸かっていた。横になって浮いているように浸かっている。10センチぐらいの水深なので、溺れるような気は全くしないが、どういうわけか動けない。
しばらくすると、手だけがぱたぱたと動かせるようになってきた。手で周りの水をかき回すと、粘性が高い。水ではなさそうだ。ぬるぬるとした液体。だけど油ほどではない気がする。ぴちゃぴちゃと手を動かしてみると、徐々に嗅覚が敏感になってきて匂いを嗅いだ。
血。
血だ……。血。私は血に浸っている。文字通り血の海に浮いているような気がした。
それがどこから流れてきた血なのだろう?そう思っているうちに首だけが動くようになった。左右をみると何もない。上を向こうと思ったが、下手に向いて目の中に血が入ると痛そうなので、目だけを動かしてそっとだけ上を向く。残念なことになにもない。
下を向く。そこには依子の子宮口から止めどもなく流れる血がひたひたと流れ出て止まらない。
血の流れがざわざわと揺らめき、人の顔のような形になった。
『お母さん。お母さん……』
許して。許して……なにもできなかったのよ。
『お母さん、お母さん……どうして助けてくれなかったの?』
助けられなかったのよ。ごめんね。ごめんね。なにもできなかったの。私にはなにもできなかったの。
『おかあさん、おかあさん……どうして僕を選んでくれなかったの?』
あぁ。
『おかあさん、おかあさん……おかあさんは女の子の方が良かったんだね……』
やめて……私には選べなかったの。
『おかあさん。おかあさん。おかあさん。おかあさん……』
木霊のようにおかあさんという言葉を叫び続けて、男の子の顔は次第に崩れ、彼女にとって懐かしい精悍な顔つきが現れた。それは、一つ言葉を吐き出したかと思うと元の乱雑な波に戻っていった。
だって、俺が男の子が欲しいからさ……
あなた……
血の海はさっと消え、当りは見慣れたベットが現れた。
ジリリリリ……。
けたたましい音。夢に住む自分から剥がされ、現実へと引き寄せられるような気がした。
「目覚まし?」
「夢……?夢……ね……」
『おかあさん……』
依子はふと後ろから呼ばれた気がした。が、空耳……そう思うことにして振り返らないことにした。
ごめんね。お母さんには何もできなかったの。ごめんね。ごめんね……




