残酷な決断
依子は気がつくと白衣を着た見慣れた医者と口論をしていた。いや、というよりも、なにか心に切ないものを抱えて、夫の友人の心臓外科医に泣きすがっていた、と言うべきか。
「依子さん、無理なんですよ。私だって快が、男の子が欲しがっていたことはよく知っています。だけどあの子には心臓が無いんです」
あぁそうだ。あの子達が生まれたころのことだ……依子は思い出した。
「移植とか……そういう方法はないんですか?夫は、快は、ずっと男の子が欲しがってたんです。なんとか二人とも助けられませんか?」
夫の友人はうつむき、唇を噛みながら拳を握りしめていた。その様子で依子は次に言われることが想像できた。
「依子さん……それは難しいんです。こんな小さい子の心臓を移植すると言うことは、ドナーが必要です。心臓が丈夫な子が亡くなっていないとならない。仮に心臓が丈夫な子が見つかったとしても、免疫型が少なくてもある程度は一致しないとならない。でもこの子達の免疫型はかなり特殊なんです」
依子は口をつぐんだ。
「だったら、じ……人工心臓みたいなものはないんですか?」
「この子には心臓がありません……。だから、|全置換型人工心臓《Total Artificial Heart》が必要です。でも全置換型人工心臓はまだまだ不完全なんです。それどころか体外に大きな機械を置かないとならない。よく言われている人工心臓は、補助器具なんですよ……」
「そうですか……」
「心臓は一つしか無い。だから生き残れるのは女の子だけ……」
「快里を見捨てないとならないんですか?」
「見捨てるんじゃありません。依入ちゃんを助けるんです。依入ちゃんは快里くんを切り離せば生きられるんです」
「じゃあ、快里を見捨てなさいってことじゃないですか……。くっついたまま、そしていつか医学が進歩したときに、切り離す……そういうのはできないんですか?」
「それができるのならば、私もそう言います。でも幼い心臓が一つしかないんですよ。二人分を担うには心臓への負荷が高すぎる。そのままじゃ二人ともダメになってしまう」
「どうして……。あたし達の子供……」
「普通なら依入ちゃんだけ生まれてきて、快里くんは死産です。でも二人はなぜか胎盤を共有していて、快里くんの血管が依入ちゃんに繋がって、今は依入ちゃんの心臓で何とか生きている……」
「私の心臓があげられたらいいのに……」
「この子達は免疫型があまりに特別なんです。しかも二人とも同じ。そうじゃないと血液が相互に流れるなんて無理ですから。普通は免疫型は親でも兄弟でも二卵性双生児でも違う。同じになるのは普通は一卵性の双子ぐらい……」
途中まで言いかけたところで依子が言葉を遮った。
「どちらが……生きたがっていますか?」
「それは私の口からは言えません。だけどこれだけは言えます。依入ちゃんにはすべての臓器が揃っています。快里君さえ切り離せば、依入ちゃんは普通に生きられます。でもこのままだと、幼い心臓は負荷に耐えられず、そして感染症ですぐに死んでしまう。普通なら快里くんは死産だった」
「私は双子ではなくて、一人の子供を産んだんですね……」
「……そうです」
「快は男の子が欲しがっていたんです……。欲しがっていた……欲しがってたのに……」
決断はあまりに残酷だった。
「依子さん!少なくても生きられる命が一つそこにあります。依入ちゃんを救ってあげても、良いですか?」
「……救ってあげてください。お願いします」
依子はまどろみの中に囚われていた。




