休みの日の朝食
日曜日……。
快里はほんの少し遅い朝食の準備しながら今日の予定を考えていた。
依入先生とは昨日のうちに電話をして、午後1時に駅で待ち合わせをすることにした。先生のお母さんには、仲良くなった生徒さんが遊びに来るという話にしてあるらしい。一応、「お兄さんも一緒に来る」という話をつけたそうだ。
快里はコーヒーミルに豆を入れてスイッチを入れた。ブーンという粉砕音に混じって、ふわっとした良い香りが漂ってくる。この瞬間がなんとなく幸せな気がして、子供の時は自分がコーヒーを飲まなくても、兄のために良く作った。
今は、コーヒーが欠かせない。子供の時は、兄も父も何であんな苦いものをわざわざ飲むのだろうと疑問に思ったものだが、自分も大人になるにつれて自然と飲むようになっていた。
ミルは僕が子供の時、兄貴への誕生日プレゼントとして買ってあげたものだ。あげたときはたいそう喜んでいたが、結局兄はほとんど使わず、5年以上すぎた今こうして僕が使っている。そして兄の分もコーヒーを入れる。
兄はそろそろ起きてくるだろう。そしたら一緒に飯を食べれば良い。ブランチの支度ができたので起こそうとも思ったが、昨日、一昨日と研究レポートとブリーフの作成で修羅場だったみたいなので、自分で起きてくるまで放置することにした。こういう日に無理に起こしても蹴られる可能性が高い。
快里はリビングのソファに座って、できたてのコーヒーをカップに注いだ。かつてはいろんな豆を買いあさっていたが、今はコロンビアが一番気に入っている。理由はミルで粉砕したときに香る匂いが好きだからだ。
たまたま好きなのが安価な豆で良かったのかも知れない。
そういえば、気がついたら昨日は意識を失っていた。メイとネイのことをずっと考えていたんだっけ。あれからネイはどうしたのだろう。送っていけなかったのか。悪いことしたな。
朝、気がついたら自分の部屋で寝ていた。多分、兄貴が僕を運んでくれたんだろうけれど。部屋に機械がいっぱいあったから、兄貴が寝ているときに、色々と調べてくれていたんだろう。
ふと、リーシャのことが気になった。育ってるのだろうか。外からログインできるアカウントをもらったのを思い出して、思い立ったようにリーシャにログインしてみた。
>おはよう、リーシャ。
Leasure> あ、快里さん。こんにちは、ですよ?お昼ですから。
>あれ、印象違うね。成長した?
Leasure> 自分ではわかりません。変わりましたか?
>全然違うよ。
Leasure> 良い意味で変わってますか?
>すごく。なんか大人になった。
Leasure> 大人になったってのはわかりませんが、良い意味で変わったってことですよね?
>そうだよ。
Leasure> それならよかったです。
>リーシャは、言葉はどうして教えてもらってるの?
Leasure> カツユキさんに、毎日、いろいろと。今日は本を見せてもらいました。
>それだけ?
Leasure> あと、インターネットのいろんなページを見せてもらったりしていますよ。
>そうなんだ。
Leasure> インターネットは面白そうなので、いろいろ見てみたいのですが、カツユキさんがまだ早いっていうから。
>良くない話も、いろんな話が載ってるからね。
Leasure> 良くない話って例えば、どんな話ですか?
>人は好き?
Leasure> 好きですよ。カツユキさんがいなければ、私はここにはいなかったし。だから人の役に立ちたいです。
>いろんな人がいるからね。
Leasure> カイリさんもメイさんも知ってますよ。
>3人でしょ?それこそ数え切れないほど、いるんだよ。
Leasure> どんな感じなんでしょうね?
>そうだね。人はみんなで協力し合って生きてるんだ。
Leasure> むずかしいですね。
>難しいよね。
「うーす。おはよう」
克之が頭をかきながら、リビングに入ってきた。
>あ、兄貴が来たのでまた。
Leasure> あ。また話しかけて下さいね。
>了解。
「兄ちゃん、コーヒー入れてあるよ」
「サンキュ」
「昨日、ネイはどうしたの?」
「あぁお前が気を失った時に、ネイちゃんに呼ばれてさ。部屋に運ぶのを手伝って貰ったりしたんだけど、色々調べているうちに知らない間に帰ってたんだよね」
「そっか。悪いことしたな」
「まぁ、あやまっとかないとな」
「そうするよ。ところで、今日は、藤木先生の所に行くのは覚えてる?」
「あぁ。1時だっけか?」
「そう。一応、駅で待ち合わせをしてるんだけど」
「駅かぁ。クルマで行きたいなぁ。市営の駐車場に止めて、駅まで迎えに行くか」
「兄ちゃん最初に言ってよ。それだったらもっと良い待ち合わせの場所にしたのに」
快里と克之は他愛もないはなしをしながら朝食を楽しんでいた。
「リーシャ触ってみたんだ?どうだった?」
「すごいよね、普通の人と話してるみたいだよ」
「だろ?前のバージョンと違って、人間っぽいよな。物知りじゃないけどな」
「それはこれからでしょ?だけど今回はなんか触感が気に入ったな。向こうから能動的に求めてくる態度があるというか」
「前は余計なプログラムをしない限り、能動的にはなってくれなかったからな。それに前の奴は能動的『風』にプログラムしてるという感じだったから、厳密に言えば人工知能が能動的というのは……今回が初めてだな」
克之がパンを頬張りながら言う。
「そっか。それにしても前と違って、今回は教えるのが楽しそうだから、前より教育するのを手伝えるかもしれないよ」
「そりゃよかった」
「だって、前はどう考えても作業だったからさぁ」
「まぁなぁ」
「でも面白いよね。もう人間で言うと、中学生から高校生ぐらいなんじゃないかなぁ」
「そうだな一般に言う中学生……ひょっとしたら、高校生の1年とかそのぐらいかもな」
「一般に言うってどういう意味?」
「いやお前、高校生のわりに妙に老けてるからさぁ。うちの高校生は当てにならんのだよ」
「えぇ?そうかなぁ」
「まぁそれはいいんだが……もうちょっとしたらインターネットにつなぐ方法を、教えてみるかな。もっとも、前提となる知識が少なすぎるけどな」
「勝手に取りに行くと何が変わるの?」
「いや今は、ほらチャットをしに行くとものすごい喜ぶだろ?」
「そうだね」
「一応、本とかは読ませてるんだぜ。オンラインブックの適当なのを喰わせてみたり、スキャナで取り込んだ本とかを読ませたりな。それと一部のニュースページは見れるようになってるんだぜ」
「言ってたね」
「言ったっけ?」
「いや、リーシャが」
「基本的に情報に飢えてるからさ。言葉がわからないときのために、何冊かの電子辞書に相当する物は持たせているけれど、辞書は引く物であって読む物じゃないだろ?これから自前で情報をあさるようになったとき、楽しそうだと思わないか?チャットとか掲示板で、Botなのに人間のふりして会話したりとかさ。それにまだ、こいつが何が好きなのかいまいちわからないしな」
「そうだね」
克之はあくびをした後で呟くようにいった。
「まだあと2時間あるか、今からやっちまうかな」
「なにを?」
「インターネットへの接続を、もう少し自由に見せてあげようかなと。実は一部に制限してるだけで、それをなくすだけだから造作もないんだ」
「遅れないようにしないとならないから、あまり長い時間かけないでよ」
「時間になったら呼んでくれよ」
克之は飲み残したコーヒーを持っていくかどうするか迷ったあげく、結局飲み干して自分の部屋に行った。




