消えゆく記憶
「ママ〜。学校でね。明日、ナイフをもってきなさいって」
依入に言われて依子は答えた。
「ナイフ?どんなナイフなの?」
依子の口が勝手に開く。これは多分……。夢。依入が小学校の頃の。
「わかんない。でも、明日ナイフを持ってこいって先生が言ってたの」
「他になんか言ってなかった?」
「なんにも」
お下げの三つ編みをふるわせながら、依入は首を振った。
「あ。カッターナイフじゃだめなんだって」
「何にするのかしらね?」
「わかんない」
「じゃあ、明日、これでももって行きなさい」
依子はキャップ付きの果物ナイフを一つ出して渡した。ふと思って、給食袋(給食の時につかうコップなどをいれるために依子が作った袋)に入れてみたが、どうにも収まりが悪い。小さなフェイスタオルを引き出しから取り出し、それにくるんで給食袋に入れた。
「あのね。ナイフはとっても危ないから。先生が出しなさいっていうまで、この袋から出しちゃダメよ」
「うん。わかった」
気がつくと依子はパイプ椅子に座っていた。見覚えがある所。依入が行っている小学校の体育館だ。
「先週の工作の時間に使ったナイフの授業について、ナイフを子供に持たせることが危ないという父兄の方がおりました。学校で今回行った工作は、竹とんぼを作って遊ぶというものです。竹を削るためにナイフを用意してもらったわけです。このカリキュラムの目的は、それを作ることによる創作意欲をのばしてもらうということと、ナイフという危険な物の扱いを知ってもらうと言うことです。ナイフは人に向けるべき物ではないということ、あたったときどんなけがをするのかとちゃんと想像すること。ある意味、危険を回避する方法を学ばせるためのカリキュラムですので、理解のほど、よろしくお願いします」
学年主任の先生が話していた。
「怪我をしたお子さんはいなかったんですか?」
保護者の方から質問が出てきた。
「残念ながら数名おりましたが、ちょっと切る程度で軽傷でした。むしろ良く切れないナイフを持ってきたお子さんの方が、扱いが難しくて危ないと感じました。カッターナイフは割れて飛び散る危険性が高いので持ってこないようにと指示をしたのですが、中には果物ナイフを持ってきたお子さんがいて、かなり苦戦していたようです。危険なのはわかりますが、ちゃんと良く切れるナイフを持たせて下さい」
あっ、ウチの子のことかも……。そうかあのナイフは竹とんぼを作るために、もって来なさいと言われてたのね。依入、何も言わなかったわ……
どうして、依入がナイフを何に使うかちゃんと聞かなかったんだろう。
子育てが始めてとはいえ、娘が大変だった姿を想像して、娘にすまない気持ちになっていた。




