生芽衣の想い
ほんの少し前まで、ネイと快里がいた部屋。
メイは気が抜けたようにベッドに腰掛け、ぼぅっと周りを見ていた。考え事をしているうちに、流している音楽が存在感を増して気持ちを削ぐようになってきた。メイは100円ショップで買ったカゴの中からリモコンを取りだして、スイッチを切った。
本棚に飾ったビー玉が入っているグラスが、なんとなく忌々しく思えてきた。ペアのグラス。もともとは3つあったものだ。
「懐かしいな、これ」
「どれ?」
「このグラス。えっと、昔これで……」
「カルピス?」
「そうそう。このグラスといったら、やっぱりカルピスだね。懐かしいな。ネイとメイと僕と三人でおばさんに良く作ってもらって飲んだよね?あれ?これって3つ無かったっけ?」
「あたり。でも1つ、あたしが落として割っちゃったんだ」
「いつのまにか見ないようになったと思ったら、メイが割っちゃってたんだ」
「そなの。2つになっちゃったから、あたしとネイの専用のグラスになっちゃったの」
「そうなんだ」
「それで、そのうち少し黄ばんできて、そのうち使わなくなったからあたしがもらったの。いまは飾り物」
「そもそも何で3つあったの?当時はまだ淳君生まれてなかったよね?」
「生まれてたけど、3才ぐらいかなぁ。快里用だったんだよ、あのグラスは」
「なんで僕の分もあったの?」
「うん。快里とは毎日、遊んでたじゃない。お母さんとあたしとネイが、スーパーに行ったときにおねだりしたの。そしたら、2つ買ってくれたんだけど、あたしかネイか……良くは覚えてないんだけど、快里の分も!ってお願いして3つ買ってもらったんだ。そういうこと、子供の時にはわかんなかったんだよ」
「へぇ。おばさんには知らないところで迷惑かけてたんだな」
「はじめてのグラスだったんだ。それまでプラスティックのコップだったから」
「割れないように、気をつけてた?」
「そう。大人と一緒の物を使いたかったんだよね。絶対落とさないからっておねだりして買ってもらったんだけど、結局あたしが落としちゃった」
「やっぱり、まだ子供だったんだよ。しょうがないよ。ガラスなんていつかは割れるものだし」
「そだよね」
「じゃ、残ってる2つは僕とネイの分じゃないの?」
「う〜ん。あれっあたしが割っちゃったから、あたしのが割れちゃったのか。よく考えてみるとそうだよね」
「冗談だよ。佐々木家のグラスなんだから」
「うぅん。いや。あれ?なんでもない。ちょっと記憶違い」
思い出した……。
快里がいないときは、いつもアタシとネイがとりっこして、じゃんけんで勝った方が快里のグラスを使ってたんだ。あの日はアタシがじゃんけんで勝ったから快里のグラスを使ってた。だから残ってたのは、アタシのとネイのなんだ……。
何でかわからないけど、同じ歳なのにまるでお兄ちゃんに憧れるように、二人とも快里の後ばっかりついてた。約束をしなくても必ず毎日遊んでたし、毎日逢えるものだと思ってた。そんな日がずっと続くんだと。
そういえば昔は、ネイともいつもお揃いの同じものを持ってた。いつもそう。いつもネイといっしょ。二人とも一緒じゃないと嫌だったし、服も髪型もおもちゃも全部、一緒じゃないと嫌だった。
メイは足を抱えたようにしてベッドの上で体育座りをした。
なぜだろう。自然に涙が溢れてきた。
アタシ、どうして変わっちゃったんだろう……。どうしてネイと一緒じゃいられなかったんだろう。
いつからかネイが快里のことをすごく意識し始めたのに気がついた。だからって、アタシがネイと一緒じゃだめだったのかな。
どうして変わらなくちゃいけなかったんだろう?
どうして変わろうと思ったんだろう?
どうして?アタシってなんなんだろう?
快里……アタシがごまかすって、アタシ自身をごまかしてるって事?
メイは足を抱えたまま、ベッドに倒れこんで横になってみた。ふかふかの枕が耳に暖かい。
なんで今日はそんなことを考えちゃうのかな……。
快里がアタシをネイと間違えたから?
偉ぶるし。超冷静で機械みたいな奴なのに、そんな奴に間違われただけでなんで涙が出てくるんだろうか。
アタシのことをいままで一度も間違えなかった人。
どんなに目印が無くても「アタシ」のことをずっと「アタシ」だと、見つけてくれてた人。
そうだよね……。快里だけだったんだ。
だから、ネイが快里のことが好きだって話になると、機嫌が悪くなったんだ。快里が依入ちゃんのことを気にかけると、アタシも気になるんだ。
やっぱり……アタシも快里のことが好きなんだ。
ネイと同じ……。
服も、シャンプーも、メガネも髪型も、何もかもネイと違うようにしたのに、やっぱりネイと同じ?
快里……どんなに努力してもアタシはネイと同じなの?




