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依入の悩み

「はぁ」

職員会議が終わった夕方の職員室。外はすっかり暗くなっていた。一通りやることが終わって机の上を整理したところで、依入は深いため息をした。

「どうしたの、新入り。生徒に(いじ)められた?」

「あ、三崎先生。そんなんじゃないですよ」

苦笑いする。

「教師になったばっかりだと、理想と現実のギャップがどうしてもあるのよね。何かとうまくいかないことが多いだろうから悩むことがあるだろうけど、何かあったら私が相談に乗るわよ。うちの学校、他にはオヤジばっかりしかいないから」

「え、あぁ。いや。うん」

「浮かない顔ねぇ。藤木先生」

「あ。えぇ」

「どうしたの?」

「学校での話じゃないんですけどね」

「彼氏?」

「そうじゃないんですけど……私、今、フリーですもん」

「あら、意外。お客さんに口説かれたりしなかったの?」

「そんなことないですよ……。でも、そういうの一回ぐらい経験してみたかったですよね」

はぁ、鈍いだけかもね。この子。勝田君がんばってそうだったのに。三崎はそう思いながら、話を聞いていた。

「で……。どうしたの?先輩が相談に乗るわよ」

冗談めいて楽しそうにいう。

「いえ。すごく、プライベートのことなんですけど」

「構わないわよ、そんなの気にしなくっても。もちろん、言いづらいんだったら無理して言わなくても良いけど」

「えとっ……母のことなんです」

「お母さんが、どうかしたの?」

「母が最近、おかしいんです」

「へ?」

三崎は思っていた流れと大分違う相談で思わず気が抜けた答え方をした。

「奇行というほどではないのかもしれないですけど、私が家に帰ると、居間で電気もつけないで丸くなってぼうっとしてたり。そういえば、最近すごく老けたような気もするし。三崎先生のお母様はおいくつなんですか?」

「え、たしか57か59ぐらいだったかな」

「うちの母、50すぎたばかりなんですけど、最近、すごく老けた気がして」

「50で老け始めるのも早いわね。私はいまは一人暮らしだけど、私の母親は実家で元気に畑いじってるみたいよ。別に農家ってワケじゃないんだけど。家庭菜園って奴に目覚めちゃったみたい。不揃いなトマト作って喜んでるわ」

「そうなんですか。やっぱり元気だと良いですよね。昨日も、はじめて生徒と話した時の話とかを夕食の時にさらっと話したんですけど、突然、気分が悪いって言い出して……。それまで元気だったんですよ」

「他には、何かあるの?」

「突然、私を子供を抱くように抱きしめたり……」

「でもほら、お母さんちょっと悩んでいるだけかもよ」

「実は前から時々物思いに(ふけ)ることがあって、最初は一過性のそういうものかとも思ってたんですけど。でも、私が大学を出た辺りからだんだんひどくなってきて、最近は特に」

「う〜ん。私には良くはわからないけど、一緒に暮らしている人が変だっていうから、なんとなく変なところがあるんでしょうね。本間君のお兄さんが精神科だから、少しカウンセリングしてもらったりしたら?」

「お母さん、行ってくれるかな・・・」

「セラピストにかかるような感じでいればいいんじゃないのかな。とりあえずカウンセリングだけでも受けさせてみるとか。そういうことは私よりも、快里君が詳しいだろうから、相談してみたら?せっかく担任なんだし」

「そんなことしても良いんですか?」

「さぁ、私はそう言う規則は知らないわよ」

三崎は得意そうにいった。依入は三崎の自由すぎる感じが、とても頼れるような気がしていた。


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