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メイの憂鬱

 さっきとは反対の方向に商店街を自転車で移動する。病院に向かったときは同級生が一杯いたが、遅くなってしまったせいかほとんどサラリーマンばかりになっていた。

 颯爽(さっそう)と自転車をこぎながら、快里が尋ねた。

「さっき言ってた話しってさ」

「なぁに?」

「子供の時の話」

「うん」

「本当はどっちもメイだろ?」

 しばし沈黙。自転車を漕ぐ音が響く。

「ありゃ。気がついてたんだ。都合悪いことネイに任せようと思ったんだけどなぁ」

 じっと前を見ながら自転車を運転し、バツが悪そうにメイが話した。

「わかるよ。ずっと一緒にいたんだから。おかしいなって思ってさ」

「まいったな。快里の前だとごまかせないや」

「そんなことないと思うけどな。良くごまかされるし」

「ごまかされるって……いみ、わかんない」

 再び沈黙。メイは気になっていたことを思い切って聞いてみることにした。

「あのさ。快里」

「なに?」

 いつも通りの快里の優しい声だ。メイはその声で決意が揺らぎそうになったが、聞いてみるべきだと思った。

「あのね……快里、依入ちゃんのこと、よく見てるよね」

「そうなのかな?なんか気になってね」

「それって、どう気になるの?」

「どうって……正直に言うと、僕もなんだか良くわからないけど、なんか気になるんだよ。放っておけないって言うか、なんでかな?」

「それ、アタシに聞く?」

 本当のことを言うと、快里が女に甘いってことは無い。快里が、いつも甘やかせてくれるのは、今までも、会ったときからずっと、ネイとアタシだけなんだ。

 物思いに(ふけ)るように黙々と自転車を()いだ。

 メイと快里は他愛のない話を一言二言話したが、大した話には発展しなかった。そういえばいつもそうだ。快里から話題を振ることは少ない。だからメイがいつも話す。今日あったこと、困ってること、わからないこと。メイも快里もそれが不自然とは思わなかったので、何も感じてなかったが。

 メイの家の近くまで来た。黙っていても快里はメイとネイの家まで送る。わずかな距離とはいえ、どんなときも、いつも。小さな頃から。

「えっと……あとでね」

 メイは腕時計を見て答えた。

「一時間後ぐらいに来て。七時頃ね!」

「はいはい。少し遅れるかもしれないけど。後で行くよ」

 快里はにっこりと笑ってそう約束すると、そのまま自転車で元来た道を折り返して帰っていった。

 メイは遠ざかる快里を見送りながら考えていた。家が近いとはいえ、快里はわざわざアタシ達を見送る。学校の帰りでも、遠足の帰りでも、お菓子屋さんに行った帰りでも。

 少しぐらい後ろを振り向けばいいのに!

 メイは言葉に出さずに快里にメッセージを送ってみたが、快里は一度も振り返らずに自分の家に帰っていった。


 メイが家に入ると、キッチンで母とネイがご飯の支度をしている音がしていた。快里が家に来るという話をしておいたので腕を奮って夕飯を作っているのだろう。

「ただいま」

 メイは返事を待たずに階段を駆け上がると自分の部屋に入った。三人で話ながら料理をつくるのも悪くないのだけど、本間家のほどキッチンは広くない。うちのキッチンではせいぜい母と、一人のお手伝い。そのぐらいが一番使いやすい。

 メイの部屋とネイの部屋は別々だが、もともとは広めの一つの部屋だった。ちょうど中学受験の時期に、父親の意向で2つの部屋に割ることになったのだ。とはいえアコーデオンカーテンなのでいつでもオープンにできる。だからそれぞれの部屋のために、2つの入り口がある不思議な間取りの部屋になっていた。

 さきにお風呂に入っちゃおうかな。

 メイは支度を整えると、キッチンにいるネイと母に先にお風呂に入ることを告げて風呂場に入った。

 浴室には父と弟のリンスインシャンプーと、母とネイ用のためのシャンプーとリンス。そしてメイのシャンプーとリンスがある。

 メイのシャンプーとリンスは、自分自身のおこづかいで買った物だ。

 メイはほんの少しだけ香るシトラスが気に入っていた。それは結んでいる長い髪が、ちょっと振り向いたときに優しくふわっと香るからだ。

 アタシ、なんとなくブルーだ……。

 湯船に使ったメイは顔を半分だけ埋めてみた。乳白色の入浴剤はこの乾燥している季節、肌にだいぶ優しい。

 なんでかな。

 快里とケンカとかした?そんなことない、快里はいつも通り。

 クールでいつも誰のことも思ってない。それに、自分のことさえ考えてない。快里はいつも、人の考えてることを読もうとして、よかれと思ってその人のために、さらっとことを流す。周りの人が傷つかないように、みんなが衝突しないように、見透かしたような配慮をする。

 でもそれがときどき、うんざりする。

 でも、優しい。

 でも、人を見てない。

 でも……依入先生には違う?

 快里はずっと人を見ていなかった。物心ついたときからそうだった。二人でいるとアタシだけにそれが向けられているように錯覚する。でもそうじゃない。

 誰にも染まらない。誰にでもホンの少しだけ優しさを見せつける。

 だから、快里はそれでいいって思ってた。

 うぅん。違う。アタシがこんなにもやもやしてるのは、そんなことじゃない。ネイが快里のことが好き。それはわかってた。依入先生に出合ってから、快里はなんか変だ。

 じゃ、アタシはどうすれば良いんだろう?

 ネイのこと応援する?どうしてあげたらいいんだろ?

 ……わかんない。アタシ、それだけでこんなにへこんでるの?

 のぼせたのかな。

 メイは勢いよく湯船からあがると、バスタオルをまとってわしゃわしゃと髪の毛を拭いた。そのままバスタオルをまとうと、急いで部屋に駆け戻る。

 いつものアタシでいよう。

 そしたら、元気でいられる。メイはキッチンにいるネイに大声で呼びかけた。

「ネイ、あたしお風呂上がったけど、どうする?次、入る?」

「え〜。まだ、ご飯の準備できてないよ」

 遠くから控えめな大声でネイの返事がした。

「入るなら、あたしが続きやるよ?」

「あ、お願い。じゃ、そうする」


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