第四章(3)
猫に似た召喚獣に案内され、リーファは何度か訪れた花畑へと足を踏み入れた。季節を問わず咲き続けている花々。その中を召喚獣は真っ直ぐに走り、人影の元へ向かっていく。
マルファスの召喚獣に似た、ただしこちらは大型の猫を思わせる召喚獣を従えたレイア。
「……我が言の葉にて導かん」
リーファは魔法で明かりを灯した。淡い光の中に、こちらを振り返って目を見開くレイアの顔が見える。立ち上がりかけた彼女を制して、リーファは横に腰を下ろした。
彼女を守るように寝そべる大型召喚獣と、膝の上で丸くなっている小型召喚獣。レイアは膝の上の召喚獣を撫でながら、ちらりとリーファの方を見やった。
「あ……」
「久しぶり」
先手を打ってリーファはそう口にした。本当にこうやって顔を合わすのは久しぶりだ。以前なら、どれだけ忙しくても食事時に見ていた彼女の顔。けれどこの二週間ちょっと、まったくと言って良いほどレイアと顔を合わさなかった。
最初はリーファがアフィルメスでの出来事を整理し切れなかったため。その後は、レイアがリーファを避けていたためだ。
「ごめんなさい……」
「謝って欲しいわけじゃないよ」
レイアの小さな呟きに、リーファは笑って返した。今にも消えてしまいそうなぐらい俯いたレイア。まだ、一度も真っ直ぐこちらを見てくれない。
「ごめんなさい……」
「だから」
「違うの。そうじゃなくて、その……リーファをアフィルメスに連れて行ったこと……」
何が言いたいのか、と彼女を見ていると、レイアはギュッと両手を握り締めた。
「私が連れて行かなければ……リーファが傷つくことはなかったのに。何とかなるんじゃないかって、浅い考えで……本当に、ごめんなさい」
どうしてそこまで他人のことばかり、とリーファは思う。彼女はもっと気にしていることがあるはずだ。それなのに他人を気遣って、自分が本当に言いたいことを言わない。
そういう姿はいじらしいと思うし、可愛らしくもある。だが、リーファが見たいのはそうやって曇っていくレイアではない。
「レイアが気にすることじゃない。俺が自分で行くって言ったんだ。俺も、何とかできると高をくくってた。甘かったんだろうな……」
「そんなっ」
「カルロの言ったことは、あながち間違っちゃいない。俺はできる限りザーグの横行を止めようとはしてたけど、やばくなった時には反抗せずにあの国から出た。もしかしたら、俺はずっと逃げたかったのかもしれない……」
アフィルメスを出た後、国の心配よりも自分の身の上を心配していることの方が多かった。きっと、ホッとしていたのだ。あの、黒く、欲にまみれた国から出られて。
「だから、カルロに責められたことは……苦しいけど、自業自得だ。いくら信頼を寄せてた王子だからって、何でもできるわけじゃないのにな。俺は見捨てて、逃げた」
「でもっ、でもリーファがアフィルメスを気にしていた気持ちは嘘じゃないって分かるわ。カルロ殿下のことだって、心から心配してたもの。カルロ殿下も……」
レイアは少し唇を噛むと、いつもと同じように、どこか悲しげな笑みを見せた。
「あんな風にリーファに言ったのは、それだけリーファを思っていた気持ちが強いってことだし……もう少ししたら、きっといつもの殿下に戻られると思うわ。その時は、今度こそリーファが支えてあげれば良いと思う」
「……カルロが俺を許してくれるかは分からないけど。そうだな、俺がアフィルメスに戻れたら、今度こそアレネスと友好関係が築けるようにするよ」
今度こそ、自分ができることをしようと思う。今は繋がりが持てないアフィルメスとアレネスも、きっと互いに手を取り合うことはできるはずだ。
今こうして、リーファとレイアが隣に並んでいられるように。
「……ううん。それは、もう良いの」
「レイア?」
フワッと欠伸をする召喚獣を撫でながら、レイアは空を見上げた。最近は延々と雲が空にかかり、星も青空も見えることはない。
「原初の一族は、やっぱり外の世界に出ちゃいけないのよ。もし出ることになっても、きっと大きな国と関わりを持つことは許されないわ」
「そんなことは……っ」
「怖かったでしょう? 私の力」
久しぶりに真正面からかち合った銀灰色の目。微笑みの形にはなっているけれど、そこには悲しみの色しか見えない。
(そんな顔が、見たいわけじゃない)
「分かってたの。やっぱり原初の一族は他の人間とは違うって。受け入れてもらえるなんて甘いんだって。でも、リーファは普通に接してくれたから、それが嬉しくて……淡い期待を抱いちゃったのね」
自嘲しながら顔を背け、レイアはどこか遠くを見るような目で花々を見つめた。
「だから、もう良いの。私はアレネス国の女王。そう原始の王達に創られたのなら、その人生を進まなくちゃ……私には、私のやるべきことがあるもの」
そう言って、やはり微笑むレイアを、リーファは反射的に腕の中へ閉じ込めていた。なぜか、急に消えていくような気がしたから。
「リーファ?」
「けど、君はそれ以前にレイアっていう一人の女の子だ」
いくつか舞う花びらが、彼女の髪に落ちる。それを取るようにレイアの髪を梳きながら、リーファは彼女の頬を両手で包んだ。どれだけ毅然とした態度をとっていても、レイアはやはりまだ少女なのだ。
「でも、人は私を女王として見るわ。皆が望んでいるのはただのレイアじゃないの。アレネス国を支える、原初の一族の女王たるレイアなのっ」
語尾が少し声高に叫ばれた。それは、今まで彼女が取り繕っていた仮面が壊れる音だったかもしれない。
「なら、俺はただのレイアを望むよ」
ビクリと、彼女の体が震えた。
「他の誰もが女王レイアを望むなら、俺はただのレイアを望む。だから、俺といる時は、そんな悲しそうに笑わないでくれ。泣きたいなら泣いてくれてかまわない。笑う時は、君の心からの笑顔が見たい」
リーファの訴えに、レイアは体全体で否定の意を示す。かたくなに、壊れかけた仮面を守るように。
「ダメっ、そんなことしたら、私……っ」
「レイアが最初に言ったんだろ? 『貴方はこの国の民ではないのだから。私を敬う必要はないでしょう?』って。だったら、俺にとって君はただのレイアだ」
銀灰色の目が濡れていき、次第に溢れるほどに涙が溜まる。けれど、レイアはそれをこぼすまいと必死だった。
ここまできて強情だ、と思いつつ、リーファは彼女の華奢な肩を抱きしめた。
「確かに、君の力を怖いとも思った。でも、レイア。俺は君の傍にいることは嫌じゃないし、アレネス国の女王じゃなく、君自身のことを、もっと知りたいと思う」
引き寄せた体に力を込め、その温もりにリーファは微笑んだ。心地良い。今まで感じたことの無い、穏やかで幸せな感情が胸に溢れる。
「俺じゃ、不満?」
「っ!」
おどけて耳に囁けば、彼女は力強く首を振った。そして、躊躇いがちに背中へと腕を回してくる。
しばらくして肩口が濡れてきたことに気づいた。リーファは何度か背を叩きながら、ゆっくりとレイアから身を離す。まだ見られるのが嫌なのか、目をこすったレイアは決まり悪そうに顔を上げた。
「リーファ……」
「ん?」
頬に張り付いた髪をどけてやると、彼女はうっとりと目を細め、唇に綺麗な孤を描いた。
「ありがとう」
星も、月の光も無い中で初めて見たレイアの心からの笑顔。それは、どんな美しいものにも負けないぐらい煌びやかに輝いていた。




