第四十四話
「やったぞ……っ!」
勝利の咆哮を上げると同時に、刀は張り詰めていた全身の糸が切れたように全ての力を使い果たし、その場にどさりとへたり込んだ。大刀を床に突き立て、荒い息を吐きながら荒野のような床を見つめる。
「ハッ、見事な一撃だったな、刀」
いつの間にか肉体の主導権をスノーへと戻した炎が、精神世界の奥から、しかし確かにそこにいるかのように笑いながら手を差し伸べてくる気配がした。スノーの手を借りて刀が立ち上がると、炎の意識はニヤリと不敵に笑い、悪戯っぽくこう続けた。
『さあ、これでようやく、あの雪への告白の結果が聞けるなぁ?』
「ぶっ――!?」
刀の顔が、勝利の余韻も吹き飛ぶほどの勢いでみるみる青くなっていく。
「お、お前……っ、そっちの方が何倍も自信ねえんだよ!!」
本気で狼狽して叫ぶ刀の姿を見て、スノーと、彼女の内で腕を組む炎は大声を上げて笑い転げた。
「大丈夫よ刀。もし盛大に振られたら、私が刀の骨くらいは綺麗に拾ってあげるから」
『おう、俺も特等席で見物してやるよ』
「縁起でもないこと言うな! 拾うなら骨じゃなくて恋路を応援しろ!」
刀が思わず赤面しながら声を荒げる。世界を救った戦いの直後とは思えない、いつもの三人の、どこか温かい掛け合いだった。
――と、その時だった。
ふと、倒したはずの創造神の亡骸へと目を向けたスノーの身体が、嘘のように凍りつき、その表情を恐怖に強張らせた。
「……ねえ、なんか、おかしくない……?」
スノーが戦慄混じりに呟いた瞬間。
首を失い、完全に絶命したはずの神の巨躯が、未だ微動だにせずそこに直立していた。そして次の刹那、床に無残に転がっていたはずの首が、ククク……と低く笑い出したのだ。
「ヒャハハハハ! ハーハハハハハ!!!!」
狂った哄笑は次第に肉体の形を失い、ドロドロとした不気味な黒い靄へと変貌していく。それは宙に散らばりながら、恐るべき引力で直立する胴体へと猛烈に吸い込まれていった。
三人は、その悍ましい再生の光景を前に、ただ息を呑んで見つめることしかできなかった。
凝縮していく闇の靄が、やがて新たな姿を現す。
――それは、かつての神々しい姿など微塵もない、まるで地獄の底から這い出してきた黒鬼のような、禍々しき異形の化け物だった。
血のように真っ赤に濡れた双眸が、ぎろりと三人へと向けられ、憎悪に燃え盛る。
「タダで死ねると思うなよ、忌まわしき虫ケラどもが……!」
地鳴りのように低く響く声とともに、異形の創造神は、壁際でぐったりと気を失っている雪へと、残虐な殺意を込めてその太い手をかざした。
「危ない、雪ッ!!!!」
刀は思考よりも先に反射的に地を蹴り、雪を救うために肉体の限界を超えて駆け出していた。
直後、引き裂かれた天からどす黒い雷霆が猛烈な勢いで降り注ぎ、無防備な雪へと襲いかかる。
刀は間一髪のところで雪の身体を突き飛ばし、彼女の身を庇った。
――その代償として、彼の無防備な背中へと、狂暴な黒き雷が真っ向から直撃する。
「が、あああああああーーーーーーっっっ!!!!」
あまりの凄まじい電撃の衝撃と激痛に、刀は悲鳴を上げ、思わず床に膝をついた。視界が真っ赤に染まり、身体が言うことを聞かない。
「……目障りな男だ。そのまま、死ね」
創造神が感情の消え失せた声で静かに宣告すると、今度は膝をつく刀へと直接その手をかざした。刀の頭上、空間そのものが歪むようにして、不気味な黒い光が渦を巻きながら広がっていく。
死の黒き雷鳴が、刀の脳頭へとまさに落ちんとする――その刹那。
刀の視界を遮るようにして、その前に猛然と飛び出したのは、白銀の鎧を纏ったスノーだった。
――ドズゥゥゥゥンッッッッ!!!!
「……っ!? お前、なんで……なんで庇うんだよ……っ!」
眼前で雷撃を背に受けたスノーの姿に、刀の瞳が驚愕に染まる。
スノーは、かつての指輪の光も失い、ボロボロになりながらも、刀を振り返ってかすかに、本当に愛おしそうに笑ってみせた。
「……逃げて、刀。雪を……お願い……」
それだけを辛うじて紡ぎ出すと、彼女は糸が切れたように、崩れ落ちるようにその場に倒れ伏した。
「スノーーッ!!!!」
刀の胸の中に、これまでにないドス黒い怒りと絶望が爆発する。彼は、未だ不気味な笑みを浮かべ続ける創造神を殺意の塊のような眼差しで睨みつけると、スノーの傍らに落ちていた、虹色の輝きを放つ炎の大剣を、その両手で狂ったように握りしめた。
その時、彼の混沌とする頭の中に、炎の凛とした声が響き渡った。
『……おい、刀。これが本当の最後の賭けだ。……俺が前に言った言葉、まだ胸に刻んでるか……?』
「……心は熱く、頭はそれ以上に冷静に、だろ……っ!」
刀が歯を食いしばり、魂を絞り出すように即座に返すと、炎は満足そうに、けれどどこか切なげに笑うように言った。
『上等だ。……俺たちの器の力を、今からお前の器へとすべて強制同調させる。耐えてみせろよ』
『……っ、ふふ、魔力の制御なら、私に任せて……!』
続けて頭に響いたのは、倒れたはずのスノーの、力強く優しい声だった。そして雪が「私もここにいるよ」と告げるように、刀の胸の器が、神聖な黄金の輝きを帯びて激しく脈打ち始める。
「……行くぞ、お前らッ!!」
刀が短くそう覚悟を決めると同時に、
「うおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーッッッッ!!!!」
獣のような、咆哮の叫びを上げた。
四つの器の力が強引に一つへと混ざり合う、身体が細胞ごとに引き裂かれるような凄まじい激痛が全身を縦横無尽に貫き、刀の顔が苦悶に激しく歪む。白き光と黒き闇、そして黄金の魔力が、彼の肉体の中で暴走しかけた。
『――暴れるんじゃないわよ、大人しく言うことを聞きなさいッ!!!!』
スノーの魂の、叱り飛ばすような鋭い叫びが刀の内側で響いた。
その瞬間、刀の肉体を破裂させそうになっていた悲鳴のような狂暴な輝きはピタリと収まり、代わりに、どこまでも深く、澄み渡るような絶対の黄金の光が彼の全身を満たしていった。
その瞳もまた、神殺しの虹色へと静かに染まり――。
気づけば、刀は激痛の嵐を完全に支配し、その場に静かに、圧倒的な威風を纏って立っていた。虹色に輝く炎の大剣を、微塵のブレもなく天へと掲げて。
「……人間風情が、神の力を完全に我が物としたというのか……!?」
創造神は初めてその赤黒き目を見開いて惊愕したが、それもほんの一瞬のことだった。
神のプライドが恐怖を塗り替え、すぐに傲慢で勝ち誇った笑みへと変わる。
「……だが、人の身で神の器を受け止めきれるはずもない。肉体が崩壊し、自滅するとは哀れな奴め」
刀は、一切の揺らぎを持たない虹色の瞳で、静かに創造神を見据えた。
その心は太陽よりも熱く燃え盛り、その頭脳は極北の氷河よりも冷徹に澄み渡っている。
「――御託はいい。決着をつけよう、化け物め」
刀は静かにそう告げると、ゆっくりと――けれど、一歩の迷いも、一ミリの退きもしない確固たる足取りで、絶望の化身たる創造神へと向かって、真っ直ぐに歩み出した。




