第四十二話
創造神が、星々の寿命を喰らい尽くしたかのような濃厚な黒い靄を纏い、一歩、また一歩とゆっくりこちらへ歩み始める。
ただ彼が前進する、その絶対的な圧量だけでホールの空気はガラスのように激しく震え、強固な石床が悲鳴を上げて軋んだ。世界そのものが、その存在の重さに耐えかねているかのようだった。
刀とスノーは、互いに力強い視線を交わした。 スノーの胸の奥で、炎の低く引き締まった声が響く。
『スノー、気を引き締めろ。あいつは……どんなに腐っていようが、曲がりなりにも世界を創った“神”だ。一瞬の油断が死に直結するぜ』
スノーは大剣の柄をさらに強く握りしめ、高鳴る鼓動を抑えるように唇を噛んだ。
「……言われなくたって、わかってるわよ」
炎は今度は、隣に立つ刀へと問いかけるように意識を向けた。
『刀……お前も、自分の成すべきことが分かっているな?』
刀は雪の遺してくれた白い大刀を正眼に構え、静かに、しかし決然と答えた。
「あいつをぶっ倒せばいいだけだろ」
その答えを聞き、炎は満足そうに、かつての不敵な笑い声を響かせた。
『――上等だ』
刀とスノーはお互いの武器に全神経を集中させる。その瞬間、二人の刃からまばゆいほどの金色の光が溢れ出した。 同時に地面を力強く蹴りだし、創造神に向かって一直線に切りつける。
しかし、創造神は避ける素振りすら見せない。二人の鋭い一撃は、神の肉体に届く手前で、周囲を渦巻く黒い靄に阻まれて火花を散らした。刃が通らない。 そればかりか、黒い靄は意志を持ったかのように、無数の凶悪な剣へと形を変えて二人へと襲いかかってきた。
「くっ……!」
あまりの質量と猛攻に、二人は防戦一方となり、じりじりと後退を余儀なくされる。 その様子を見下ろし、創造神はにやりと傲慢な笑みを浮かべた。
「暇つぶしにもならんな」
吐き捨てられた嘲笑のなか、スノーの内で炎が鋭く声を飛ばした。
『刀! 修行のこと、忘れてないだろうな!』
防戦の最中、刀は鋭い視線を崩さずに答える。
「心は熱く……頭はそれ以上に冷徹に、だろ!」 『ふっ、上出来だ。――お前らの器を合わせろ!』
炎がスノーの身体と魂を導き、彼女の胸の奥にある大剣の器へと、己の全魔力を極限まで集中させた。それに応えるようにスノーの胸元が目も眩むほどの輝きを放ち、莫大なエネルギーが大剣の剣身へと怒濤の濁流となって流れ込んでいく。
次の瞬間、大剣は――人知を超えた虹色の輝きを放ち始めた。 七色の神聖な光が剣身を激しく走り抜け、まるで世界を塗り替える“神殺しの刃”のように、周囲の空間そのものをビリビリと震わせる。
同時に刀もまた、自身の胸の器へと深く意識を集中させた。 左腕に抱く雪の白い大刀が淡く、しかしどこまでも清らかに発光し、その聖なる光が刀の器へと吸い込まれるように同調していく。 刀の全身が爆発的な虹色のオーラに包まれ、その右手に握られた白い大刀もまた、大剣と呼応するように七色の神々しい輝きを放ち始めた。
「白の器」と「黒の器」。そして、彼らと魂を分け合った者たちの絆が、今ここに完全なる融和を果たしたのだ。
創造神はそのあまりにも眩い光景を目の当たりにし、初めてその威厳ある顔を驚愕と怒りに歪ませた。
「馬鹿な……! 泥を這うだけのはずの人間風情が……“神格の力”を完全に掌握し、扱っているだと……!?」
その地鳴りのような声には、全能の神としての絶対的な怒りと、そして、初めて想定外の存在に出会った明確な『恐怖』が混ざり合っていた。
『行くぞ、スノー! お前のすべてを俺に預けろ!』
炎の声がスノーの中で獰猛に吠える。
「ええ! 一緒に駆け抜けるわよ、炎!」
刀もまた、七色の光を滾らせる白い大刀を上段へと構え、傲然と立ち塞がる創造神の瞳を真っ直ぐに睨みつけた。 すると炎は精神世界の奥から、不敵な笑みを浮かべて刀へと叫んだ。
『おい後輩! 俺たちの完璧な夫婦の絆ってやつを、あの化け物の目に焼き付けさせてやろうぜ!!』
刀は、目の前の圧倒的な神威を前にしてもなお、不敵に小さく呟いた。
「……俺、まだ雪からあの時の『返事』、聞いてないんだよな……」
シリアスな局面でのその言葉に、炎は思わず耐えきれずに吹き出した。
『ハハッ! お前、こんな大詰めの期に及んで、もしかしてまだ振られたままなのかよ!?』
「違うって言ってんだろ! 大事なところで邪魔が入って、返事を聞きそびれただけだ!!」
『なら――目の前のあの化け物を跡形もなく叩き潰したあとに、いくらでもゆっくり聞けばいい。楽しみにしとけよ、後輩!』
炎は豪快に笑いながら、彼の背中を強く押すように声を弾ませた。 刀は白い大刀を限界まで強く握りしめ、ホール全体を震わせるほどの咆哮を上げた。
「――だったら、一瞬だ。速攻で倒す!!!!!」
スノーもまた、虹色の光を纏った大剣を構え、一切の迷いなく前方へと強く踏み出した。 二人の足元から走った七色の閃光が、世界を滅ぼさんとする創造神の漆黒の闇を真っ二つに切り裂いていく。
「行くぞ、炎!!」
「行くわよ、刀!!」
限界を超えて覚醒した虹色の二つの刃が、世界の未来を取り戻すため、神の胸元へと向かって同時に、爆発的な速度で走り出した。




