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白と黒の物語  作者: あると


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第三十八話

スノーは白銀の魔装を展開し、即座に極冷の氷の膜を前面に張り巡らせた。うねりを上げて迫りくる黒い鞭を、防壁のすべてを以て受け止めようとする。

しかし、暴力的な手数の前に、急造の氷の膜はすべてを捌ききるにはあまりに脆かった。

パリィン、とガラスが砕けるような硬質な音が響き、網の目をすり抜けた一筋の黒鞭がスノーの頬を鋭くかすめる。冷たい痛みとともに、白銀の世界に鮮烈な赤い跡が散った。

スノーはすさかず後方へ跳んで距離を取り、乱れる息を整える。

「――『バレッド』!!」

瞬時に構築された氷の弾丸が、白銀の光の尾を引きながら連続して放たれ、狂おしい軌跡を描いてルミナへと殺到した。

だが、ルミナは退屈そうにため息をつくと、身に纏うどす黒い靄を前方に広げ、そのすべてを容易く霧散させて受け流した。

「そんなに離れてちまちま撃ってたら、なーんにもできないよ?」

鼓膜をなぶるような、小馬鹿にした挑発の声。

その時、防戦一方のスノーの脳裏に、不敵に笑う炎の顔がふっと浮かんだ。

――『心は熱く、頭はそれ以上に冷静にしろ。支配しろ』。そして、彼がいつも体現していた、泥臭く泥中に這いつくばってでも前に進む、圧倒的な『根性』。

「……ふっ、ほんとに不器用な背中なんだから」

スノーは小さく笑った。そして、恐怖を完全に払拭し、迷いなくその足で黒い嵐の前へと踏み込んだ。

襲いかかる黒い鞭。氷の膜が粉々に砕け、纏う白銀の鎧が削られ、肌を鋭い痛みが切り裂いていく。それでもスノーは止まらない。一歩も、その歩みを緩めない。

「……っ、あああああ!!」

ついに、幾重の死線を越えてルミナの目と鼻の先へと肉薄する。スノーは全体重を拳に乗せ、白銀の光を纏わせてその顔面へと突き出した。

当たる――誰もがそう確信した、まさにその刹那。

「……助けて、スノー……っ」

あまりにも弱々しく、あまりにも聞き馴染んだ、本物の『ルナ』の悲痛な声が闘技場に響いた。

「っ……!?」

スノーの拳が、ルミナの鼻先数センチのところで完全に停止する。

ルミナは頭を激しく抱え、まるで内側からの拒絶に苦しむように、その身を歪によじらせていた。

「ルナ……! ルナなのね!?」

スノーが思わず叫び、手を伸ばそうとしたその瞬間、ルミナの顔がゆっくりと持ち上がった。

その表情は――狂気と嘲笑に満ちた、邪悪なピエロの笑みに変わっていた。

「ひっかかったー!」

背後から爆発的に伸びた影の黒煙が、スノーの無防備な身体を瞬時に蛇のように絡め取る。極冷の冷気とは異なる、悍ましい精神の闇が全身をきつく締めつけ、指一本動かす自由さえ奪われた。

「ルナ……なんで、嘘、でしょう……?」

スノーの絶望を眺め、ルミナは歌うように楽しげに笑う。

「ルナなんて、もうこの身体のどこにもいないよぉ? 魂ごと、私がおいしく食べちゃったもん」

その声は、完璧にルナの声のままだった。スノーの心を、内側からナイフで抉り回すように響く。

「あ、それとも……こっちの声の方が、スノーは絶望してくれるのかな?」

次の瞬間、ルミナの口から発せられたのは、死んだはずの最愛の師――『スフィア』の声だった。

「どうして助けてくれなかったの、スノー……。私の死は、お前の弱さのせいよ」

「う……あ……あああああ、ああああああああああーーっっ!!!」

聴いてはならない声に、スノーの精神が悲鳴を上げる。耳を塞ぐことすら許されず、スノーの悲痛な絶望の叫びが黒き城の空に響き渡った。

ルミナは恍惚とした表情でスノーの頬にそっと触れ、その耳元で甘く囁いた。

「そう、その絶望だよ。これで、わたしも“黒姫様”と同じ綺麗な人形になれる……その器の力とともにね」

ルミナの黒く染まった指先が、スノーの額へと深く触れた瞬間、スノーの胸の器の内側で、ドロドロとした“どす黒い何か”が不気味に蠢き始めた。

「や……だ……っ、入って、こないで……っ!!」

スノーは必死に拒絶の叫びを上げるが、どす黒い侵食は容赦なく、彼女の心の防壁を侵食していく。


黒い侵食が、スノーの魂の最奥に触れようとした、まさにその刹那。

――カァァァァァン!!!

スノーの胸の奥から放たれた、目も眩むような神聖な『純白の輝き』が、ルミナの黒い手を爆発的に弾き飛ばした。

「……っ!? な、何よこれ……っ!」

ルミナは何が起きたのか理解できず、弾かれた自身の腕を見つめ、驚愕に目を見開く。

深い闇に落ちかけていたスノーの耳に、突如として、天から降るような懐かしい声が優しく落ちてきた。

『魔力の制御が相変わらず雑なのは……まだ治っていないようね、スノー』

ため息混じりの、けれど、どこまでも慈愛に満ちた優しい叱り方。

スノーの心臓が、ドクンと大きく跳ねる。「……スフィア……さん……?」

その名を魂の底から呟いた瞬間、スノーの身体の内側から、もうひとつの、背中を合わせてくれるような声が重なった。

『この黒い靄、すっごく鬱陶しいよね。……一緒に吹き飛ばしちゃおう?』

ルナの声だ。偽物ではない、本物の、温かいルナの魂の波動。

次の瞬間、スノーの身体から十数本の眩い『光の刃』が放射状に爆発的に伸び、彼女を拘束していた黒い靄を一気に、木端微塵に切り裂いた。

ルミナは恐怖に顔を歪め、よろよろと後ずさる。

「な、何なのよこれ……! 死んだ奴らの魂が、なんで器の底から響いてくるのよ……っ!」

理解不能な現象に、初めてルミナの顔に明確な焦りと恐怖が滲む。

「くそ……、黒姫様の力が、負けるわけない……!」

ルミナは周囲の黒い靄を狂ったように自分の身体に巻きつけ、それはやがて、強固な“黒い塊”となって彼女の胸元へと沈んでいった。

スノーは涙を振り払い、魔装の力を限界まで引き上げて極氷の剣を作り出し、正面からルミナへと斬りかかった。

だが、刃は手応えなくルミナの身体をすり抜け、空を大きく切った。

「無駄だよ、スノー! 今の私は闇そのものだ!」

ルミナの黒鞭が死角から容赦なく振り下ろされ、スノーの左肩の白銀の鎧が派手に砕け散る。

肉体に鋭い激痛が走るが、スノーは王女との修行を思い出し、歯を食いしばってその場に踏みとどまった。

その時、スフィアの凛とした声が、スノーの意識に静かに響いた。

『焦らずによく見て、スノー』

スノーは言われるがままに、全神経を集中させてルミナの胸元に視線を向けた。

魔装の視界が、ルミナの漆黒の衣の奥を透過する。そこには、どす黒い光を放つ不気味な塊が、生き物のようにドクドクと脈打っていた。

『あれがルミナの核……あなたが撃ち抜くべき、闇の心臓よ』

スフィアの声はどこまでも穏やかで、そして、成長した弟子をどこか誇らしく想う温かさに満ちていた。

『さあ、これが最後の授業。……少しだけ、体を借りるわね』

スノーの右腕が、彼女の意志を離れて、極めて滑らかに、美しく前方へと突き出された。その指先が、かつてスフィアが最も得意とした“魔弾の銃”の形を正確に形作る。

そこへ、ルナの弾むような声がぴったりと重なった。

『スノー、僕の力も全部持っていって! ――いっけぇー!!』

指先が、太陽のごとき白金の輝きを放ち、一条の極大の光線が一直線に世界を裂いた。

その光の線は、一切の狂いなくルミナの胸の装甲を貫き、その奥で脈打っていたどす黒い核を、木端微塵に砕き散らした。

「……あ……、あと少しで……私は、完璧な黒姫様に……なれたのに……っ」

ルミナは自らの胸を見つめ、信じられないといった様子で呟きながら崩れ落ちた。そして、黒い霧となって霧散し、消え失せていった。

静寂に包まれた戦場で、スフィアの声が、消えゆく残光のように優しく響く。

『スノー……立派になりましたね。もっと、強くなりなさい』

光が薄れていく。続いて、ルナの無邪気な声。

『スノー、守ってくれてありがとう。また今度、生まれ変わったら一緒に遊ぼうね』

その温かな声たちも、やがて朝の冷たい風に溶けるようにして、完全に消えていった。

「待って……行かないで……! スフィアさん! ルナ!!」

スノーは冷たい地面に両膝をつき、溢れ出る涙を止めることができなかった。しばらくの間、その場にうずくまり、寒さに震えるように自分の肩を抱き込んで咽び泣いた。

だが――。

スノーは、涙で濡れた自分の両頬を、パンッ! と強い音を立てて叩いた。

擦りむいた掌で乱暴に涙を拭い、力強く立ち上がる。

「……行かなきゃ。」

愛する人たちが遺してくれた絆を胸に、刀が先に向かった、禍々しい城の最奥を強く睨みつける。

そしてスノーは、白銀の光をその身に再び纏わせ、運命の決戦の地へと力強く走り出した。

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