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白と黒の物語  作者: あると


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第二十九話

「おーーい! おーーい!」

深淵の森の淀んだ大気に、兵士たちの悲痛な捜索の声が木霊していた。

あれほど森を支配していた不気味な魔獣の気配が突如として霧散したことで、白の王女は直ちに精鋭からなる捜索隊を編成し、自ら禁忌の森へと踏み入っていたのだ。

王女は険しい表情で周囲の惨状を見渡す。

「……この不気味な静けさ。嫌な予感しかしないわね」

草木をかき分け、やがて視界が開けた場所に足を踏み入れた瞬間――王女は息を呑み、その場に凍りついた。

そこには、ぬかるんだ地面に膝をつき、虚ろな目で一点を見つめたまま泣き崩れているスノーの姿があった。

そしてその傍らには、血まみれでピクリとも動かない刀と、完全に物言わぬ骸と化したバーンの肉体が横たわっていた。

「スノー……!」

王女は泥を厭わず駆け寄り、少女の細い肩を強く掴んだ。

「どうしたの!? 一体何があったの、答えなさい!」

スノーは王女の気高くも温かい顔を見た瞬間、これまで張り詰めていた心の糸が、爆発するようにぷつりと切れた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっ!!」

狂ったように泣き叫び、理性を失いかけたスノーの頬を、王女は容赦なく掌で叩いた。

「しっかりしなさい! スノー!! あなたは生きているのでしょう!」

肌に伝わる痛みに辛うじて正気を取り戻し、スノーは涙と泥に塗れた顔で、震える声を絞り出した。途切れ途切れに、地獄のような真実のすべてを語る。

ベノムとの死闘。

バーンの、己を盾にした気高い死。

絶対的な信頼を置いていたスフィアの裏切りと、その魂の消滅。

そして、ルナの肉体を奪い去った、魔将ルミナという未知の絶望。

語られる凄惨な事実に、周囲の兵士たちは戦慄し、息を呑んだ。

王女は静かに目を閉じ、深く、重い息を吸い込んだ。

「……そう。よく話してくれたわね。辛かったわね、スノー」

王女は目を開けると、毅然とした態度で背後の兵士たちへと振り返り、凛とした強い声で命じた。

「これより、刀とスノーを我が王国の最高格式の国賓として扱う! この二人に傷一つつけることは、我が白の王国への明白な反逆とみなす! 直ちに救護班を!」

「ハッ!!」

兵士たちは一斉に、一糸乱れぬ敬礼を返した。王女はしゃがみ込み、スノーの震える肩にそっと手を置く。

「もういいわ、スノー。今は……何も考えず、休みなさい」

その声音は、冷徹な王としてのものではなく、一人の脆き人間としての、至上の優しさに満ちていた。そして、かつての戦友であったバーンの無惨な亡骸を見つめ、胸の痛みを堪えるように静かに告げた。

「バーン……あなたは間違いなく英雄よ。王国は必ずあなたを至高の座に祀り、その忠義の物語を、末代まで語り継ぐわ」

王女は衰弱したスノーを抱きかかえるようにして立ち上がり、昏い深淵の森を後にした。

その細い背中には、失われた偉大な仲間たちの重さと、これから世界を襲うであろう、さらに巨大な戦いの影が、静かに、けれど逃れられぬ宿命のようにのしかかっていた。

 

翌朝。

柔らかなベッドの上でスノーが目を開けた瞬間、胸の奥がぞわぞわとする奇妙な胸騒ぎがした。

気づけば、心よりも先に足が勝手に動き、刀のあてがわれた客室へと向かっていた。

長い廊下を抜け、扉を乱暴に開ける。

部屋のベッドには、刀が静かに横たわっていた。衣服は着替えさせられ、傷口には包帯が巻かれている。

胸は確かに、かすかに上下している。生きている。だが――どれだけ待っても、彼は目を覚まさない。

「……刀?」

恐る恐る肩を揺らしても、冷たい頬に触れても、少年は指一本動かさなかった。

いつもなら、どれだけ傷つき、ボロボロになっても、翌日には「いってぇな!」と不敵に笑って起き上がる男だった。

その、当たり前だと信じ込んでいた日常が、砂の城のように脆く崩れ去った瞬間、スノーの胸は引き裂かれるように締め付けられた。

「……やだ……刀まで、私を置いていかないでよ……」

底なしの不安が喉を塞ぎ、呼吸が急速に浅くなっていく。その時、扉の外から静かな声が響いた。

「スノー様。女王陛下がお待ちです。謁見室へお越しください」

静謐なメイドの声に、スノーは涙を拭い、何度も刀を振り返りながら、後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にした。

 

王宮、謁見の間。

王女は部屋に入ってきたスノーの姿を見るなり、王のプライドをすべて捨て去ったかのように、深く、深く頭を下げた。

「我が身を賭して、この国を……民を守ってくれて……本当に、ありがとう」

床に落ちた王女の声は、微かに震えていた。彼女もまた、限界の精神で国を支えているのだ。

だが、王女はすぐに表情を厳格に引き締めると、刀の様子を尋ねた。

スノーは何も言えず、ただ首を横に振った。何度も、何度も、絶望を拒絶するように。

王女は短く息を呑み、すべてを察して静かに言った。

「……そうか。ならば、ついてきなさい。あなたに見せねばならぬものがある」

 

城の地下・最奥。

王女の先導の元、スノーは城の地下深くへと続く螺旋階段を降りていった。

一段、また一段と影の濃い階段を下るたび、周囲の空気は重く、肌を刺すように冷たくなっていく。

最悪の最深部に辿り着くと、そこには壁一面を覆うほどの、禍々しく巨大な鉄の扉が鎮座していた。

扉の表面には、無数の魔力の鎖が血管のように絡みつき、妖しく脈動している。

「下がっていなさい」

王女が手をかざして固有の魔力を流し込むと、絶対の封印であったはずの鎖は、音もなく霧のように消え去った。

みしみしと重苦しい音を立てて、扉がゆっくりと開く。

中は、濃密な静寂に包まれた円形の石室だった。

そしてその中心――虚空に浮かび、怪しく暗黒の光を放っているものがあった。

「っ……!」

スノーは思わず息を呑んだ。

それは、禍々しいほどのエネルギーを内包した、漆黒の宝玉だった。

王女は宝玉を見つめながら、重々しく口を開いた。

「お前たちがこの城に運ばれてきてから……それまで何百年もの間、死んだように眠っていたこの宝玉が、にわかに光を放ち始めたの。これは我が王国に伝わる禁忌――“黒の宝玉”。本来は、決して光らぬはずの呪物だ」

王女は宙に浮かぶ宝玉を優しく手に取り、スノーの前へと差し出した。

「我が国を救った褒美として、これをお前に託す。……否、これは褒美などという生易しいものではないわね。この呪いの玉は明らかに、お前に反応しているわ」

スノーはごくりと唾を飲み込み、震える両手を差し出して、その不気味な黒の宝玉を受け取った。

その瞬間――。

宝玉が放っていた怪しい光が、ふっと完全に消え失せた。

まるで、宝玉の意志そのものが、スノーを待っていたように、光は吸い込まれていくように。


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