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白と黒の物語  作者: あると


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第二十五話

森を抜け、開けた丘の上に出た瞬間、刀たちは思わず息を呑んだ。

眼下に広がる『白の王国』の周囲は、まるで蠢く黒い泥の海のように、無数の魔獣の群れに完全に包囲されていた。

城壁の外では白銀騎士団が必死に応戦しているものの、防衛線がじりじりと押し込まれているのは火を見るより明らかだった。城門こそまだ破られてはいないが、それも時間の問題に思えた。

「――白銀騎士団! 門から離れろ!!」

バーンが丘の上から、割れんばかりの大声を張り上げた。

戦場に響き渡ったその剛音に気づき、最前線の騎士たちが一斉に、示し合わせたように後退を開始する。

その確実な連動を確認すると、スフィアが艶やかな横目でバーンを捉えた。

「さあ、バーン。あなたの番よ。格の違いってやつを見せてあげなさい」

バーンは無言で一歩、前に出た。

その大きく強固な背中を見た瞬間、刀の全身の肌がビリビリと粟立った。圧倒的な、格の違う“圧”が空気を支配していく。

「刀、よく見ておけ。これが本物の一閃だ」

バーンの声は低く、そして信じられないほど静かだった。

だがその瞬間、大気が激しく震えた。バーンの全身から爆発的な闘気が噴出し、彼が踏み締める大地がミリ単位で軋み、ひび割れていく。

刀は生唾を飲み込み、その光景を網膜に焼き付けようと目を凝らした。

(これが……本物の……『一閃』……!)

バーンが大剣を構える。その佇まいは、まるで大地そのものが形を成したかのように、何者にも動かせぬほど揺るぎない。

「――『一閃』」

轟音が世界を両断した。

刀たちの放ったそれとは文字通り次元が違う、文字通りの巨大な絶望の衝撃波が一直線に大地を駆け抜けた。

衝撃波は正面の魔獣を文字通りまとめて吹き飛ばし、肉片に変え、大地そのものを深く抉り取っていく。

ほんの数瞬前まで城門を埋め尽くしていた黒い波が、一撃のもとに消え去っていた。

辛うじて生き残った魔獣たちは、生物としての本能的な恐怖に震え上がり、一斉に後退を始める。

刀は、口を半開きにしたまま呆然と呟いた。

「……すげぇ……なんだよ、あれ……」

バーンは愛刀を無造作に担ぎ直すと、刀の肩を軽く叩き、短く告げた。

「行くぞ」

その低い声には、“次はお前の番だ”という、言葉にせぬ確固たる期待が込められていた。

五人は速度を上げ、開かれた門へと向かって一気に駆け出した。


門の前で決死の指揮を執っていた騎士団長に駆け寄り、バーンは迅速に戦況を確認した。

騎士たちの白銀の鎧は返り血と泥に染まり、誰もが疲労で足を引きずっている。

「王女様が……謁見の間にて、お待ちです……!」

一人の騎士が、声を絞り出すように息を切らしながら告げた。バーンは重々しく頷き、刀たちを連れて王宮の奥へと急いだ。

王宮内部へと足を踏み入れた瞬間、刀たちは再び息を呑んだ。

かつて絢爛豪華だったであろう白石の廊下には、無数の負傷者が溢れかえっていた。治癒師たちの悲痛な叫び声と、漂う濃密な血の臭い。その血の海の中で、必死の治療が続けられている。

「……ひどいな」

刀が小さく拳を握り、ぽつりと呟く。スノーもまた唇を強く噛み締め、痛ましげに目を背けた。

バーンだけは表情を一切変えず、ただ真っ直ぐに、最奥の王の間へと進んでいく。

重厚な扉が開かれ、王の間へと入る。

玉座には、白の王女が気だるそうに、しかし凛とした佇まいで腰掛けていた。その鋭い瞳には気高き意志が宿っているが、同時に、どこか逃れられぬ運命を前にした諦念が混ざり合っている。

「久しいな、バーンよ。……よく生きて戻った」

王女はゆっくりと首を動かし、その視線を刀たちへと巡らせた。

そして、刀の前でその動きを止める。

「……『黒の器』を連れて、どうするつもりだ? 我らを嘲笑いにでも来たか?」

冷徹な言葉に、刀の背筋がわずかに緊張で震えた。王女は続けて、その隣に立つスノーを見つめる。

「それに……『白の器』。いや――もはやただの抜け殻か」

今度はスノーの肩が、びくりと小さく揺れた。王女は自嘲気味に苦笑し、深く玉座に背を預ける。

「今さら『黒の器』を殺したところで、我が白の王国は一年も保たぬ。魔獣の王の進軍は止まらず、滅びは目前だ。すべては手遅れなのだよ」

その声には、一国の王としての覚悟と、それゆえに悟ってしまった絶対的な絶望が混ざり合っていた。

だが、その絶望の霧を切り裂くように、バーンが一歩前へと踏み出た。

「魔獣の王を、倒しに来た」

短く、けれど寸分の揺らぎもない宣言。

「刀、スノー、ルナ、スフィア……俺たち全員でな」

王女の凍りついていた瞳が、驚愕にわずかに見開かれる。

その時、刀が王女の前に進み出た。不遜とも取れる態度で玉座を見上げ、その真っ直ぐな瞳で問いかける。

「……お前に聞きたいことがある。『雪』を知らないか?」

王女は一瞬だけ沈黙した。刀の瞳の奥にある、決して折れぬ強い光を値踏みするように見つめ――次の瞬間、その美しい口元に、妖艶で薄い笑みを浮かべた。

「……魔獣の王を討ち果たせたなら、我の口から直々に教えてやろう」

「へっ、上等だ」

刀はいつもの不敵な笑みを浮かべ、大剣の柄を強く握り直した。

「任せろ。その言葉、忘れるなよ」

バーンが静かに振り返り、頼もしい仲間たちの顔を見渡した。

「魔獣の王は、この先の『森の深淵』に潜んでいる。……行くぞ」

五人は王女の前から去り、王宮を後にした。

引き返す道はない。目指すは世界の運命を決める地――森の深淵。そこには、すべての因縁が待っている。

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