第二十四話
翌朝。
朝霧に包まれた村の静寂を切り裂くように、宿舎の中から刀の悲鳴が響き渡った。
「いでででででっ!? 引っ張るな、耳ちぎれる、ちぎれるッ!!」
続いて、容赦のないスノーの怒鳴り声が木造の壁を震わせる。
「もう! バーンさんもスフィアさんも、みんな外で待ってるんだよ!! 起きなさいってば!!」
外で馬の足回りを点検していたバーンは、呆れたように、けれどどこか嬉しそうに鼻で笑った。
「決戦の朝に爆睡とは、大物だなあいつは……」
ルナもスフィアも思わず吹き出す。スフィアは愛おしそうに目を細め、微笑みながら言った。
「でも、緊張で押しつぶされてガチガチになっているより、ずっといいわね」
だが、その穏やかな空気を破るように、重々しい足音が迫った。
村の門番をしていた白銀騎士団の生き残り二人が、血相を変えて駆け込んできたのだ。
「バーン副団長!! 大変です!!」
息を切らし、泥にまみれた騎士が叫ぶ。
「魔獣の王が……『白の王国』へ向けて、ついに進軍を開始しました……!!」
その場の空気が、一瞬で凍りついた。バーンの獰猛な瞳が鋭く細められる。
「……チッ、始まったか。行くぞ、すぐに支度だ!」
スフィアも深く頷き、静かにその身に魔力を整え始める。その時、刀がスノーに背中を叩かれながら、慌ただしく外へ飛び出してきた。状況を察した刀は、不敵にニィと口元を歪める。
「好都合じゃねえか、こっちから出向く手間が省けたな!」
「バカ!!」
スノーが容赦なく刀の頭をはたいた。
「私たちは救いに行くの! ふざけてる場合じゃないでしょ!」
「いってぇ……分かってるよ」
刀は赤くなった頭を押さえながらも、その瞳に宿る光を真剣なものへと変えた。
「……ああ。行こう、スノー」
五人は足早に村を後にした。
冷たい朝の空気の中、それぞれの胸に、世界を賭けた“決戦”の覚悟を静かに燃え立たせて。
王国まであとわずかという地点に差し掛かった時、前方の深い森がざわり、と不気味に揺れた。
次の瞬間、木々をなぎ倒しながら、地平線を埋め尽くすほどの黒い影が這い出てくる。
――魔族の王が放った、魔獣の先遣隊。その数、数百。
バーンが即座に大剣を引き抜き、短く吠えた。
「行くぞ!」
だが、その頼れる背中より早く、スノーが一歩前に躍り出た。
「ここは……私にやらせて!」
「おいおい、一人で格好つけるなよ」
刀が当然のようにその横に並び、鼻で笑う。
「いや、俺たちだろ」
「僕も行くよ! 置いてかないでよね!」
ルナもまた、スノーの反対側へと滑り込む。
三人が横一列に並んだ瞬間、彼らから放たれる圧倒的なプレッシャーに空気がピリピリと震えた。
スノーが精神を集中させると、彼女の周囲に無数の氷の弾丸が生成されていく。
だが、それは以前のようなただの氷塊ではない。一つ一つが超高速で螺旋状に回転し、周囲の光を歪めるほどに魔力が圧縮されていた。
刀がそれを見やり、思わず眉をひそめる。
「なんだ、ずいぶんちっちぇーな?」
「見た目だけで判断しないで。密度が何十倍もあるのよ――見てなさい」
スノーは自信満々に微笑み、その瞳を前方の敵へと向けた。後方で見守るスフィアが、その見事な『魔力制御』に「……いいわね」と満足げに呟く。
スノーが静かに、冷徹にその言葉を紡いだ。
「――『氷嵐弾』」
次の瞬間、限界まで圧縮された氷弾が一斉に射出された。
超高速の螺旋は文字通り「弾丸」となり、正面の魔獣たちを肉片ごとまとめて貫き、粉砕していく。
「ずりーぞスノー! 俺の分も残せ!」
刀が叫びながら、右側へと鋭く走り込んだ。目隠し修行で培った超感覚が、魔獣の隙を正確に捉える。
大剣が吸い込まれるように一閃され、高速の斬撃が魔獣を次々と縦ふたつに切り裂いていく。
「そっちは任せた!」
ルナは左側へと高く跳躍し、空中で体内の風の魔力を極限まで集中させた。
「じゃあ、こっちは僕の番ね!」
猛烈な風が渦を巻き、ルナの周囲に目に見えぬ真空の刃が幾重にも生まれる。ルナはそのまま魔獣の群れの中心へと弾丸のように突っ込み――。
「はぁぁっ!!」
着地と同時に、溜め込んだ真空の刃を一気に全方位へと解放した。
爆風が巻き起こり、左側の魔獣が一瞬でまとめてパズルのように切り裂かれる。
轟々と砂煙が上がり、わずか数瞬のうちに、三方向から押し寄せていた魔獣の群れが完全に殲滅されていた。
後方で大剣を構えたままだったバーンは、呆れたように笑って剣を鞘に収めた。
「お前らなぁ……本番の魔王戦まで、少しは力を残しとけよ?」
刀は大剣を肩に担ぎ、首の骨を鳴らしながらうそぶく。
「よゆーよゆー! これくらい、ただの準備運動だっての!」
スフィアは、血の海と化した戦場の中で堂々と立つ三人の背中を見つめ、静かに微笑んだ。
「あれだけの魔力を瞬間的に放出して、息ひとつ切らしていないなんて……本当に、頼もしいわね」
「さあ、お喋りはここまでだ。このまま一気に駆け抜けるぞ!」
バーンの声を合図に、五人は一歩も足を止めることなく、決戦の地である『白の王国』へと向けて、力強く地を蹴った。




