第二十三話
次の日から、刀の修行の光景は劇的な変貌を遂げていた。
「でさ、昨日の飯なんだけどさ。あの肉、ちょっと硬すぎねぇ?」
「お前、雑談しながら俺と打ち合うな!」
バーンが豪快に笑いながら、凄まじい速度の斬撃を繰り出す。
しかし、刀の目は厚手の布で固く目隠しされていた。それにもかかわらず、彼の表情には恐ろしいほどの静寂が宿っている。
刀は首をわずかに傾げ、大剣の腹でバーンの刃を軽やかに受け流した。
キィン、と澄んだ金属音が周囲の静寂に響く。
「いや、見えなくても音と風でわかるんだよ。……あ、今のちょっと重かったな」
「調子に乗るなよ、小僧!」
バーンが深く踏み込み、大剣を上段へと大きく振りかぶった。その肉体が、爆発的な推進力を生み出す。
「――『一閃』」
空気が両断され、真空の衝撃波が一直線に刀へと牙を剥いた。
だが、刀は慌てない。目隠しの奥で深く息を吸い込み、バーンと全く同じ構えを完璧にトレースする。
「『一閃』ッ!」
放たれた二つの衝撃波が正面から衝突し、激しい爆風とともに大爆発を起こした。
激しく砂煙が舞い上がる中、バーンは愛刀を肩に担ぎ、満足げに深く頷いた。
「……見事だ。完全にモノにしやがったな」
だが次の瞬間、バーンの獰猛な瞳がいたずらっぽく細められる。
「じゃあ……これはどうだ?」
バーンは即座に腰を落とし、目にも留まらぬ速さで神速の重撃を連続して繰り出し始めた。
「『一閃』『一閃』『一閃』『一閃』――ッ!」
「ちょ、待て待て待て!! 多いって!!」
視界を埋め尽くす(見えてはいないが)衝撃波の雨に、刀は悲鳴を上げた。必死に自身の『一閃』を連打して相殺を試みる。
「一閃ッ! 一閃ッ! うおおおおお動け俺の腕ェ!!」
数発は見事に叩き落としたものの、数の暴力には抗いきれず、ついに相殺が間に合わなくなった一撃が刀の胸元に直撃した。
――ドゴォンッ!!
盛大な音を立てて刀の身体が吹き飛び、地面をごろごろと転がって砂埃に塗れる。だが、刀は痛みに呻くよりも早く、跳ねるように立ち上がって激怒した。
「だから多いって言ってんだろ! 死ぬかと思ったわ!」
「ははははっ! これを食らって即座に文句を言う余裕が出てきたか! 大したタマだよ!」
バーンは腹を抱えて大笑いした。しかし、その豪快な笑みの奥で、確かな熱い感情が胸を去来していた。
(――そろそろだな。こいつが、こいつだけの『自分の剣』を完全に掴む時が近い)
その頃、スノーもまた、ルナと最後の向かい合いをしていた。
何度もルナの風に吹き飛ばされ、何度も泥をすすり、その度にスフィアに魔力を体内からかき回される“地獄の荒治療”を文字通り死ぬ気で繰り返してきた。
その過酷な経験は、彼女の体内に確かな奇跡を刻んでいた。
まだぎこちなさは残るものの、スノーは今、自分の意志で、体内の全魔力を完璧にコントロール下に置いていた。
「くぅ……なんでスノーばっかり、そんなに急に……!」
ルナは悔しさを隠しきれず、ギリ……と拳を強く握りしめる。自分を追い抜いていく天才の背中に、焦りと、そして心地よい高揚感を感じていた。
スフィアは愛弟子たちのその姿を見つめ、静かに、けれど深く、甘い声を漏らした。
「……そろそろ頃合いね」
その一言には、厳しい修行を見守り、導いてきた者だけが実感できる確かな手応えと、明日という未来への絶対的な覚悟が滲んでいた。
夕暮れ時、全員が合流した家の中で、バーンとスフィアが同時に口を開いた。
「「明日、魔獣の王を討ちに行く」」
一言一句違わぬハモリに、二人は一瞬だけ顔を見合わせ、それから同時に不敵な笑みを交わした。
その笑みは、過酷な修行の日々を共にしてきた者たちだけが共有できる、勝利への“確信”の色に染まっていた。
バーンが歩み寄り、刀の肩をその分厚い掌でバシッと叩く。
「いよいよ本番だ。ビビるなよ、刀」
スフィアもまた、スノーの前に立ち、聖母のように優しく、けれどどこか妖艶に微笑んだ。
「今のあなたたちなら、何が来ても大丈夫よ」
その頼もしい言葉に、部屋の空気が張り詰める。決戦への緊張感が最高潮に達したその時、スノーが少しだけ眉を寄せ、隣の刀をじっと見つめた。
「……明日の朝、ちゃんと起きるのよ? 大事な日に遅刻なんて許さないんだから」
その言葉に、刀は途端に情けない顔になり、両手を合わせて拝むように真剣な顔で頼み込んだ。
「頼むスノー……! 頼むから明日だけは全力で俺を起こしてくれ……! 本当に自信がないんだ!」
「もう、しょうがないわね……」
スノーは呆れたように、けれど心底嬉しそうに小さく笑った。
そのあまりにもいつも通りで、いつも通りに信頼し合っている二人のやり取りに、張り詰めていた室内の空気がふっと和らいでいく。
バーンも、スフィアも、そしてルナも、釣られたように声を上げて笑った。
世界の命運をかけた戦いを明日に控えながらも、彼らの心は、不思議なほど温かく、そして力強く燃え上がっていた。




