↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白と黒の物語  作者: あると


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/47

第二十話

最初にその決定的な“変化”の兆候を見せたのは、刀の側だった。

「……はぁ……はぁ……っ!」

刀は荒涼とした大地に片膝をつき、肺を焦がすような荒い息を吐き散らしていた。

全身を襲うのは、骨の髄まで焼き尽くすような苛烈な痺れ。すでに十本の指先の感覚は完全に消失している。限界を超えた脳が見せる視界は白く霞み、目の前に立つ大男――バーンの姿も、もはや揺らめく不確かな輪郭としてしか捉えられない。

それでも、刀は折れた大剣を杖代わりに、泥泥になりながら再び立ち上がった。

「……まだ……まだ終わってねぇ……ぞ……!」

バーンはその執念の姿を、一切の感情を排した静かな瞳で見つめていた。ただ、その大ぶりな漆黒の「虚の剣」を、無慈悲に、そして完璧な予備動作なしの構えで横へと移行させる。

「往くぞ。――避けてみろ」

刀は動かない。いや、肉体が悲鳴を上げ、物理的に動くことができなかった。

次の瞬間、空間そのものを叩き割るような、実体を持った漆黒の斬撃が、刀の真上から容赦なく垂直に振り下ろされた。

ドゴォォォンッ――!!

凄まじい衝撃波とともに砂煙が爆ぜ、頑丈な大地がクレーター状に激しく抉れる。

バーンは確信していた。今の刀の満身創痍の状態では、反応速度の理論値をどれだけ引き上げようとも、この一撃を避けることは絶対に不可能なはずだ、と。

だが――。

「……ん?」

晴れゆく煙の中で、バーンは自身の直感に走った奇妙な“違和感”に眉をひそめた。

そこに、あるはずの肉体がなかった。

何かが、決定的に“ずれて”いた。

刀は、物理的な速度で動いたのではない。まるで最初からそこにはいなかったかのように、ほんのわずかに、自然の理に従って身体を横へと滑らせていた。バーンの絶対的な斬撃を、文字通り紙一重の断層で回避していたのだ。

そして刀はそのまま、白く霞んで何も見えないはずの視界のまま、肉体に刻まれた本能の命じるままに、大剣の切っ先を突き出していた。

シュッ。

衣服の擦れる小さな音。

次の瞬間、百戦錬磨の豪傑であるバーンの硬い頬に、一本の細く赤い線が走った。

つう、と一筋の鮮血が流れ落ち、彼の顎を濡らす。

刀は膝をガクガクと震わせ、ふらつきながらも、子供のように勝ち誇った笑みをその口元に浮かべた。

「……見たかよ……バーン……。……一撃……。お前についに、一撃……食らわしてやったぞ……」

その満足げな言葉を最後に、刀の糸が切れたように身体が崩れ落ちた。地面に倒れ込んだ少年は、完全に深い気絶の底へと落ちていく。

バーンは頬を伝う血を親指で無造作に拭い、その指先を見つめながら、その場で静かにクククと笑い出した。

「……見事だ、小僧。ようやく、ただの素振りから“剣士”としての一歩を踏み出したな」

その厳格な男の笑みには、底知れない師としての誇りと、この雛がどこまで化けるかという狂おしいほどの期待が、確かに滲んでいた。

翌日。遮るもののない荒野での、再度の修行。

刀は大剣を正対して構えたまま、唐突に、ぎゅっとその両眸を強く閉じた。

その予想外の行動に、バーンは片方の太い眉を上げる。

「なんだ? 早くも絶望して、白旗でも揚げるつもりか?」

刀は静かに首を振った。目を閉じたまま、少年の唇から紡がれたのは、昨日までの彼からは想像もつかないほどに静謐な言葉だった。

「違う。……目に頼るから、何も見えねぇんだ。世界の眩しさに、俺の意識が負けちまうんだよ」

その答えを聞いた瞬間、バーンの凶悪な口元が、ゆっくりと、愉悦を堪えきれないように吊り上がった。

「……ほう」

刀は深く、深く大気の底から息を吸い込み、全神経を肉体の内側へと研ぎ澄ませた。

視覚という最大の情報を自ら遮断したことで、他の感覚が爆発的に拡張されていく。風に揺れる髪の毛一本、爪の先、毛穴の隅々に至るまで、自らの存在を掌握していく。

すると――世界が、劇的にその色を変えた。

世界を巡る、遮るもののない風の微細な流動。

大気が震える、かすかな音の波形。

肌の表面をチリチリと刺すような、空間に満ちた万物の微細な気配。

そして何よりも――。

目の前に立つバーンという男の存在が、まるで暗闇の中に燃え盛る、天を突くほどに巨大な「業火」のように、圧倒的な質量を持ってそこに“在る”のが、克明に脳裏に浮かび上がってきたのだ。

「……バーン。あんた……」

刀は目を閉じたまま、畏怖を込めて呟いた。

「めちゃくちゃ、強ぇんだな。化け物かよ」

その呟きを聞き、バーンは腹の底から豪快な哄笑を響かせた。

「ガハハハハ! それを肌で、心で感じられるようになったなら――小僧、お前が強くなった何よりの証拠だ!」

大気が爆ぜる。バーンが漆黒の剣を、一転して容赦のない速度で振り下ろした。

刀は、その暗闇の世界に奔る「巨大な炎の軌跡」を正面から受け止めるように、目を閉じたまま、静かに、そして鋭く大剣を迎え撃つように構えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。