第十八話
スノーたちが凄絶な洗礼を受けていた頃、そこから少し離れた広場では、絶え間ない金属音が響き渡っていた。
「うおおおおっ!!」
刀は狂ったように、バーンに向かって幾度も大剣を振り下ろしていた。
雪を切り裂き、風を唸らせる鋭い斬撃。しかし、その必殺の一撃は、一本たりともバーンの肉体に届かない。
バーンはほとんどその場から微動だにしていなかった。ただ、ほんの数センチだけ足をずらし、手にした剣の角度をわずかに傾ける。それだけで、刀の放つ圧倒的な破壊力は“受け止める”までもなく、すべて外側へと“逸らされて”いた。
「くそっ……! なんで、なんで当たらねぇんだ!」
刀が肩で激しく息を荒げると、バーンはふっと息を吐き、足元の雪原に剣先で小さな円を描いた。
「よし、ハンデだ。俺はこの円から一歩も動かん。ここから動かずに相手をしてやる。さあ、俺を斬ってみろ」
「舐めるなよ……ッ!」
挑発に頭が頭に血が上り、刀は全力を込めて縦横無尽に大剣を振り回した。
だが、やはり当たらない。バーンは刀の剣が迫る瞬間にだけ、己の刃をミリ単位で接触させる。それだけで刀の完璧なはずの重心は狂わされ、大剣の軌道は面白いように明後日の方向へと滑っていった。
「……お前、ただ力任せに回っているだけの“扇風機”か?」
バーンが呆れたように笑った、その瞬間だった。
彼の持つ大剣が、わずかに銀色の光を帯びる。
「――一閃」
静かな呟き。直後、空間そのものが裂けたかのような凄まじい衝撃波が走った。
――ドンッ!!
「ぐっ……、あ……っ!?」
刀の巨体が木の葉のように宙を舞い、容赦なく硬い地面を転がった。全身を激しい痺れが襲う。立ち上がろうと雪に手をつくが、指先一つにすら力が入らない。
バーンは冷徹な戦士の足取りで歩み寄り、倒れた刀を静かに見下ろした。
「お前の剣は“素直”だ。迷いがなく、勢いもある。……だが、それは『剣術』ではない」
刀は言葉にならない悔しさに、感覚の薄れた拳を雪の中で強く握りしめた。
「力任せに振り回すだけでは、真の強者には勝てん。剣とは“技”だ。お前はまだ、その入口にすら立っていない」
終わりのない始まり
「……まだだ……! まだ、終わってねぇ……!」
刀は泥臭く地面にしがみつきながら、ふらつく身体を執念だけで無理やり叩き起こした。
限界のはずの肉体を精神力で駆動させ、立ち上がると同時に大剣を上段から振り下ろす。
だが、バーンはただ軽く上半身を傾けただけで、その捨て身の一撃を容易くいなしてみせた。
「……避けてみろ」
バーンが静かに告げ、手首の返しだけで剣を軽く振る。
その瞬間――刀の視界から、バーンの剣が完全に消失した。
「っ……!?」
直感を信じ、直撃を拒むために大剣を盾のように構える。だが、待てど暮らせど肉体に“防いだ感触”が返ってこない。
――ガンッ!!
「がはっ……!」
次の瞬間、まったく予測していなかった死角から、目に見えない斬撃が刀の脇腹を捉えた。衝撃で防戦の構えを崩され、再び雪原へと転がる。
「どこから……どこから来てんだよ……っ!」
立ち上がる猶予さえ与えられない。見えない角度、あり得ない軌道から、次々と不可視の斬撃が容赦なく刀を襲う。
――ガッ! ガンッ! ドッ!
必死に剣を振るって防ごうとするが、刃が触れ合う金属音すら鳴らない。ただ、肉体を容赦なく破壊する絶大な衝撃だけが、的確に刀の身体を叩きつけていく。
「ぐっ……、ああぁっ……!」
何度も、何度も、世界の歪みから放たれるような打撃を受け、刀の意識は激しく揺らぎ、霞んでいく。視界の端で、バーンの姿が二重、三重にブレて見えた。
遠のいていく意識の向こうで、バーンの重々しい声が響く。
「お前の剣は素直だ。だが、それではただの暴力に過ぎん。剣は“技”だ、刀。お前はまだ、その入口にすら立っていないのだ」
最後の一撃が、刀の無防備な腹部へと深い衝撃を刻み込んだ。
刀の身体は大きく後ろへと吹き飛び、純白の雪の上にドサリと仰向けに倒れ込んだ。
(くそ、っ……俺は、まだ……)
どれだけ手を伸ばそうとしても、意識は無慈悲に漆黒の闇へと沈んでいく。刀の意識は、そこで完全に途切れた。
バーンはピクリとも動かなくなった刀を見下ろし、剣を鞘へと収めると、誰に聞かせるでもなく静かに呟いた。
「もっと強くなれ、黒の器。お前なら……いや、お前たちなら、まだ誰も見たことのない先へ行けるはずだ」
凍てつく白銀の村に、冷たい風がヒュウと吹き抜けていく。
圧倒的な敗北を刻みつけられた刀の修行は、全力を尽くした果ての気絶と共に、ようやく本当の“始まり”を迎えたのだった。




