第十五話
スノーは刀のもとへと駆け寄り、未だ荒い息を整えながら、目の前の騎士たちへ視線を向けた。
「刀、この方は……?」
刀が言葉を返すより早く、白銀の鎧を纏った男が一歩前に進み出た。
洗練された無駄のない所作で、深く、そして礼儀正しく頭を下げる。
「白銀騎士団副団長、バーンだ。二人の鮮やかな助力、心から感謝する」
スノーは少し驚いたように美しい目を瞬かせたが、すぐに柔らかな微笑みを返した。
「私はスノー。こちらこそ……危機一髪のところで刀を助けてくれて、本当にありがとうございました」
バーンは一つ頷くと、兜の奥にある厳しい表情を引き締め、現在の凄惨な状況を語り始めた。
「黒の国の最果てに、“黒姫”と呼ばれる忌むべき存在が現れた。奴が使役し、放った魔獣の大群により、この白の国は今まさに滅びの淵に立たされている」
その言葉に、スノーの表情がみるみるうちに強張っていく。
「……そんな……、国が滅びかけているなんて……」
「この村にも強力な魔獣が差し向けられたと報告が入り、我ら白銀騎士団の精鋭が派遣された。だが……敵の力は、我らの想定を遥かに超えていたのだ。応戦虚しく部隊は散り散りになり、生き残ったのは……今ここにいる、この五人だけだ」
それを聞いた刀は、驚きと隠しきれない疑念を剥き出しにして問いかけた。
「……おいおい、あんたほどの腕を持つ騎士が揃っていて、それでも勝てないのか?」
バーンは自嘲気味に苦笑し、静かに首を振った。
「強さの“片鱗”すら掴めなかった、と言うのが正しい。奴らの力は、我々とは次元が違いすぎるのだ」
次元が違う。その絶望的な言葉を聞いた瞬間、逆に刀の瞳の奥へ、獰猛な炎が宿った。
「――そいつは、俺が倒す」
大剣を無造作に肩へと担ぎ、当然のように言い放つ。そのあまりに無鉄砲な言葉に、スノーは即座に刀の頭をぺしっと容赦なく叩いた。
「バカ言ってんじゃないの!」
「いてっ! 何すんだよ!」
刀は涙目で頭を押さえる。スノーは呆れたように息を吐きながらも、バーンへと向き直り、その真剣な瞳で彼を見据えた。
「協力しましょう。私たちも、その黒姫と戦います」
バーンは予想外の申し出に、驚いたように目を見開いた。
「……本当にいいのか? 黒の器であるお前たちが、白の国のために命を懸けるというのか」
刀はへこたれることなく再び胸を張り、得意げに笑ってみせる。
「おう! 任せとけって! 目の前で泣いてる奴らを放っておけるかよ」
スノーはその様子に、今日一番の深いため息をついた。
「はぁ……ほんと、すぐに調子に乗るんだから……」
二人の息の合った、どこかコミカルな掛け合いを見て、バーンは張り詰めていた緊張を解き、豪快に笑い出した。
「はははは! いい仲間だな、黒の器! お前たちのような風変わりな旅人に出会えただけでも、この惨状の中に希望が見えた気がするよ」
魔獣の血に汚れた雪の村に、久しぶりの、そして温かい笑い声が響き渡った。
暖炉の灯りと、王女の影
「今はひとまず休め。戦い抜いた体を癒やすといい」
バーンに案内されたのは、奇跡的に戦火を免れた小さな空き家だった。部屋の奥では、古びた暖炉だけが静かに赤々とした温もりを保っている。
スノーはバーンに一礼して感謝を述べると、手際よく備え付けの調理場に立ち、料理を作り始めた。しばらくすると、じっくりと煮込まれた香ばしいスープの匂いが部屋いっぱいに満ちていき、バーンたち騎士の険しい表情が、わずかに和らいでいく。
温かい食卓を囲んだその時、刀はスプーンの手を止め、真剣な眼差しでバーンに尋ねた。
「なぁ、バーン……『雪』の行方、何か知らないか?」
「雪……? ああ、かつての『白き器』のことか」
バーンはスプーンを置き、刀の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「残念ながら、現在は行方不明だ。……だが、我が国の王女であれば、その行方について何か知っているかもしれん」
王女。その新たな手がかりに、刀は隣のスノーの方を向き、にやりと不敵に笑った。
「よし、次の行き先が決まったな」
しかし、スノーは呆れたように再び深いため息をつく。
「……何を言っているの。まずはこの村の周りに残っている魔物を討伐して、完全に救うのが先でしょ」
「そんなの、俺が全力で一瞬で終わらせてやるって」
刀が根拠もなく胸を張ると、バーンは頼もしそうにまた豪快に笑った。
「ははは、頼もしいことだ!」
スノーは調子に乗る刀をジロリと冷たい目で睨みつける。
「口だけは一人前ね。どうせそこまで言うなら、明日からバーンさんにその自己流の剣術を叩き直してもらいなさいよ」
「断る! 俺はもう十分に強いからいらないじゃん。だってさ――」
刀が言い終わるより早く、スノーの手が動いた。刀の頭をがしっと鷲掴みにし、無理やりバーンの方へ向けて勢いよくお辞儀させる。
「――『不束者ですが、よろしく お願いします』、でしょ!?」
「いってぇぇぇ!! 髪が、髪が抜けるって!!」
その容赦ない力技に、バーンはまたしてもお腹を抱えて大笑いした。
「ははは! 本当に退屈しない、元気な奴らだな! だが、まずはしっかり食べて休め。戦いも特訓も、それからだ」
すると刀は痛む頭を押さえながらも勢いよく立ち上がり、拳を強く握りしめて叫んだ。
「よし、そうと決まればバーン! 今すぐここで勝負だ!」
ドンッ!!
間髪入れず、スノーの拳が刀の脳天へと容赦なく振り下ろされた。
「休めって言ってるでしょ、バカ!!」
「ぶふっ……!!」
バーンはさらに声を上げて大笑いし、他の騎士たちからも微かな笑みが漏れる。
冷たい吹雪の音が響く外の世界とは裏腹に、暖炉の火がパチパチと揺れる室内には、久しぶりに人間らしい、温かで優しい空気が満ちていた。




