第十四話
刀は胸の奥で暴れる“器”の光を全身に纏ったまま、猛然と魔獣の群れを切り裂き続けていた。
足元から迸る光が、踏みしめる雪を爆発的に弾き飛ばす。閃光の如き速度で村の中を駆け抜けるたび、家々を襲っていた黒い影が次々と雪原に沈んでいく。
だが――。
(……くそっ、身体が重ぇ……!)
疾走する刀の身体を包む光は、戦いが長引くにつれて確実にその輝きを弱めていた。呼吸は鉛のように熱く、肺を焼く。
「……っ、まだ、終わりじゃねぇ……!」
刀は奥歯が砕けんばかりに歯を食いしばり、この群れの元凶である最後の一体――家屋ほどもある巨大な熊の魔獣へと突撃した。
渾身の力を込めて大剣を斜め上方に振り抜く。
鋭い一閃が肉を断ち切り、熊の剛腕が宙に舞った。しかし、肉体を極限まで酷使した代償は大きかった。
着地した瞬間、刀の足元に広がっていた光の残滓が、ガラスが割れるようにふっと掻き消えた。
「……やべっ……!」
急激な脱力感が襲い、膝の力が抜けて雪原に片膝をつく。激しく上下する肩。視界がグニャリと歪み、世界の輪郭がぼやける。
片腕を失った熊の魔獣は、狂乱の咆哮を上げながら残されたもう一方の腕を高く振り上げた。刀を文字通り肉片へと叩き潰さんと、狂暴な質量が迫る。
「……っ!」
防戦も回避も間に合わない。死の爪が振り下ろされる――その瞬間だった。
――ズバァッ!!
突如として放たれた鋭利な一閃が、熊の巨体を真っ二つに叩き斬った。
凄まじい雪煙が舞い散る。その向こう、大量の返り血を浴びて沈黙する魔獣の背後に立っていたのは――。
白銀の甲冑を隙間なく纏い、大剣を微動だにせず構えた五人の騎士だった。
全員が寸分違わぬ意匠の鎧に身を包み、周囲の雪光を反射して眩いほどに輝いている。
刀は荒い息を吐きながら、霞む視界を強引に絞ってゆっくりと顔を上げた。
その瞬間。
中央に立つ一人の騎士が無言のまま、手にした大剣を刀の首元へと突きつけてきた。
じり、と冷たい刃が喉元の皮膚に触れる。
「……お前は何者だ?」
兜の奥から響くのは、低く地を這うような、圧倒的な威圧感を孕んだ声だった。刀はなんとか息を整えながらも、気圧されることなく、睨み返すようにして騎士を見上げた。
刃の行方
「……刀だ」
刀は喉元に突きつけられた冷たい大剣を睨み据えたまま、隠すことなく事実を告げた。
「……『黒の器』だよ」
その言葉が極寒の空気に落ちた瞬間、騎士の目が兜の奥でわずかに細くなった。
「黒の器……。今、そう言ったか? 本当に、お前がそうなのか」
「そうだよ」
刀は肩で大きく息をしながらも、真っ直ぐに騎士の視線を受け止めた。
「……で、どうする。ここで俺を殺すのか?」
一瞬、周囲の空気が完全に凍りついた。風の音さえ消え失せ、張り詰めた沈黙が場を支配する。
騎士は無言のまま大剣を高く振り上げた。刀は思わず、身構えるように目をぎゅっと閉じる。
――ザッ。
鋭く雪を切る音が響いた。
しかし、いつまで経っても痛みが訪れない。刀が恐る恐る目を開けると――大剣は自らの首ではなく、すぐ横の地面へ深々と突き刺さっていた。
「……は?」
刀が呆然と口をあける中、騎士は突然、大仰に腹を抱えて笑い出した。
「はははははっ! 面白い! この滅びゆく白の国で、今さら黒の器の一人や二人を斬ったところで、一体何が変わるというのだ!」
騎士が兜を外すと、そこから不敵な笑みを浮かべた若い男の顔が現れた。その瞳は戦士らしく鋭いが、奥底には理知的な優しさが宿っている。
「それに――村を救ってくれた恩人を、その直後に後ろから斬るほど、俺たちは恩知らずじゃないんでね」
張り詰めていた緊張が一気に霧散し、刀はその場にへたり込むようにして大きなため息を吐き出した。
「……ふぅ。驚かせやがって。助かったよ……」
その時、遠くの雪原から遮るもののない声が響いた。
「刀ー! 大丈夫!?」
スノーの声だ。刀は、彼女にボロボロな姿を見せて心配をかけまいと、慌ててふらつく足で立ち上がった。そして、精一杯の強がりを込めて大声で叫び返す。
「おう、余裕だ!!」
息を切らせて駆け寄ってきたスノーは、返り血と雪にまみれた刀の姿を認めると、愛おしそうに胸に手を当てて、ほうっと深く息をついた。
「……よかった……本当に、よかった……」
その澄んだ声は、今にも泣き出してしまいそうなほど、痛切な安堵に満ちていた。




