第十三話
刀はスノーの華奢な肩をそっと支えながら、心配そうにその顔を覗き込んだ。
「スノー、大丈夫か?」
「……魔力を、使いすぎたみたい……。少し休めば……動けるから……」
荒い息のまま、スノーは安心させるようにかすかに微笑んだ。
その時だった。
――ザザッ……。
背後から雪を滑る微かな音が響き、二人は同時に振り返った。
そこには、先ほど助けた母親が子供をきつく抱きしめたまま、ずるずると後ずさりする姿があった。その目は恐怖に見開かれ、魔獣を倒した刀たちを、まるで新たな脅威であるかのように警戒し、睨みつけている。
刀は自分が血塗られた大剣を手にしていることに気づき、ゆっくりと空いた左手を上げて敵意がないことを示した。
「大丈夫か? 怪我はない?」
気遣うような低い声。しかし母親は震える声を絞り出すのが精一杯だった。
「……あなたたちは……一体、誰……?」
張り詰めた沈黙。それを破ったのは、母親の腕の中からするりと抜け出した、小さな影だった。
男の子は母親の制止を振り切り、刀の目の前まで駆けてくると、ぱっと輝くような笑顔を向けた。
「お兄ちゃん! 助けてくれてありがとう!」
刀は一瞬だけ驚きに目を見張ったが、すぐに目元を和らげ、柔らかく笑い返した。
「おう。よく頑張ったな、強い子だ」
大剣を持つ手とは反対の、大きくて温かい手で、男の子の頭を優しく撫でる。
その光景を見た瞬間、母親の張り詰めていた糸がぷつりと切れた。緊張が一気に解け、彼女はその場に膝から崩れ落ちると、雪に顔を伏せて激しく泣き出した。
「よかった……本当に……本当によかった……っ」
スノーはふらつく足取りで母親に近づき、その肩にそっと手を置いて声をかけた。
「何があったの? どうしてこんな場所に……」
母親は溢れる涙を何度も拭いながら、震える声で凄惨な現実を語り始めた。
「村が……魔獣の大群に襲われて……。私たちは必死に逃げてきたんです……。でも、他のみんなは……一体どうなってしまったか……っ」
スノーは刀と視線を交わし、静かに、しかし確固たる意志を込めて頷いた。
「……わかった。ここからは、私たちに任せて」
刀も無言で深く頷き、親子の前にすっと立つ。その無骨な背中は、やはり“守る”という言葉そのものを体現していた。
炎上する白銀の村
刀はスノーの身体を気遣いながら、母親に向き直った。
「村はどっちだ?」
「……あちらです、森の奥の……!」
母親が震える指で指し示した方向を見据え、刀はスノーに視線を向けた。
「スノー、この親子を頼む。俺は先に行っている」
スノーは自分の不甲斐なさに悔しそうに唇を噛んだが、すぐに強い眼差しを返した。
「……ごめん。魔力が戻ったら、すぐに追いかけるから……!」
「わかってる。無理はするなよ」
刀は短く答えると、即座に反転し、爆発的な勢いで雪を蹴って駆け出した。
白銀の森をまたたく間に駆け抜けると、突如として視界が一気に開けた。
しかし、そこに広がっていたのは、美しい雪景色とは対極の――炎と悲鳴に包まれた地獄絵図だった。
黒煙を上げて燃え盛る家々。真っ白な雪は無残にも黒く汚れ、村人たちが凶暴な魔獣の群れに追われ、泣き叫びながら逃げ惑っている。
刀は息を呑み、奥歯を噛み締めた。
「……間に合え……っ!」
両足に爆発的な力を込めた瞬間、胸の奥の“器”が呼応するように熱を帯びた。足元から眩い光が走り、周囲の雪を衝撃波で弾き飛ばすほどの凄まじい加速が生まれる。
刀の身体が風を裂き、一本の光条となって戦場を駆ける。
次の瞬間――まさに今、逃げ遅れた村人に牙を剥こうとしていた魔獣の群れの前に、轟音と共に刀が立ちはだかった。
「どけぇッ!!」
咆哮と共に、限界まで加速した大剣が漆黒の弧を描いて閃く。
一閃。肉を裂き骨を砕く鈍い音が響き、襲いかかろうとしていた黒い影が数体、一歩も動けぬまま雪の上に崩れ落ちた。
「ひっ……!?」
間一髪で命を救われた村人たちが、驚愕の声を上げる。
刀は、返り血を浴びた大剣を無造作に構え直すと、鋭い視線で村全体を鋭く見渡した。燃える家々の影、路地裏、至る所にまだ無数の赤い目が蠢いている。
「……まだ、うじゃうじゃいやがるな」
刀は不敵に、けれど絶対的な決意を秘めて呟いた。
「――全部、斬る」
燃え盛る炎と吹き荒れる雪の中、白銀の村に、刀の確固たる誓いが響き渡った。




