推論と決断
リアナは中空をにらみつけます。そもそも、どうして私は閉じ込められているの? 第二皇子が私を閉じ込める理由はなに? 第二皇子にとって私はだれ? 十歳の小娘。第三皇子ルシアンの婚約者。クランフォート王国から来た人質。閉じ込めていなければ第二皇子に都合が悪い。十歳の小娘がルシアン殿下に会ったら、何が起こる?
(婚約者を通じて、クランフォートがルシアン皇子に味方する)
たぶん、第二皇子が怖れているのはそのこと。武名轟くスールがルシアン殿下に味方すれば、ルシアン殿下を害することは難しくなる。ならば私の役割は、ルシアン殿下をスールのところまで連れていくこと。
為すべきことが明確になり、リアナの目に強い光が灯ります。次はどうやってこの部屋を出るか。扉には外から鍵が掛かり、二人の兵士が控えています。窓の外は第二皇子の兵がひしめき、誰にも見つからずに外に出て皇子のところへ向かうのは難しいでしょう。外にいる兵士たちは幾つかの小さな集団に分かれ、交代で巡回しているようです。警備の交代の隙をついて外に出れば――でも、その交代はいつ、どこで? そもそも隙など見せるでしょうか? たくさんいる兵士たちの一人でも油断せずにいれば、リアナが付け入る隙などないかもしれません。
(窓の外のたくさんの兵士たちを相手にしたら、きっと誰かに見つかる。だったら――)
リアナは扉に視線を向けました。鍵が掛けられた扉。その向こうにいる二人の兵士。こちらの障害は二つだけです。鍵を開けさせる。二人に見つからずに部屋を出る。それだけできれば、部屋から出ることができる。
鍵を開けさせる方法――兵士たちは私を閉じ込めていたい。閉じ込めていたい兵士たちが鍵を開けたくなるのはどんなとき? 中に入りたいとき。中に入らなければならないとき。彼らが中に入りたくなるのはどんなとき? 部屋の中を確かめたいと思ったとき。確かめたいと思う何かが部屋の中で起こったと、彼らが思ったとき。彼らが確かめたいと思うのはどんなこと? 私が、本当に部屋にいるかどうか――
(私が窓から逃げた、と彼らに思わせることができたら、彼らは鍵を開ける)
どうすれば窓から逃げたと思わせることができる? 窓が空いていればいい? それだけで足りる? 小さな子供が窓から逃げるとき何をする、と大人は思う? 子供は背が低い。窓から出るには高さが足りない。足場を置けば窓から出ることができる。開いた窓の下に足場があれば、窓から出たように見える――
(いいえ、それでは彼らが『異変に気付く』きっかけがない)
兵士たちが『部屋の中で何かが起こった』と気付かなければ、この計画はうまくいきません。彼らの気を引く、不自然でない何かがなければ。窓を割る? 確かに派手な音はしますが、割らなくても出られる窓をわざわざ割るのは不自然です。彼らには気付いてもらわねばなりません。でも、『本当は窓から逃げていない』ことを気付かれてはならないのです。
(窓から逃げようとするとき、自然にそれを気付かせるにはどうすればいい?)
兵士たちが扉の向こうにいる以上、目で見えるものは使えません。扉越しに伝わるのは、音、あるいは匂い。逃げる途中に匂いを発する? 壁越しにも分かるほどの強い匂いを? そんなの、とても思いつきません。やはり音で気を引くしかありません。そうなると、窓を割るくらいしか――でも、不自然さを見破られたら、終わりです。リアナの背に冷たい汗が流れました。リアナは慌てて首を横に振ります。
(失敗するかもしれないなら、別の方法を考えよう。焦るな。失敗したら殿下には会えないのよ)
リアナはもう一度深く息をします。必要なのは、窓から逃げるときに立てて不自然でない音。小さな音ではダメ。扉越しに『何かがあった』と思わせるほどの大きな音。乱暴に窓を開けてみる? 派手に足音を立てる? ダメ、逃げるときにそんなことはしない。窓から逃げる私は兵士に気付かれたくない。兵士に気付かれたくない私が、立ててしまう音――
(立ててしまう、音?)
窓から出るときに立てて不自然でない音、ではなく、窓から出ようとしているときに失敗して立ててしまった音、なら? 気付かれたくない私が、うまくできなかった結果立てた音なら、不自然には聞こえないのではないの? そう、たとえば――
(テーブルのティーカップが床に落ちて割れる音、とか)
部屋に置かれたテーブルの上には品のよいティーポットと、揃いのティーカップが置かれています。十歳の属国の姫は、愚かにも窓から逃げようと考えた。窓の下に足場を運び、逃げる前に紅茶で気を落ち着かせ、さあ、逃げようと椅子を立った時、身体がテーブルにぶつかり、ティーカップが床に落ちた。ティーカップは派手な音を立てて割れ、愚かな姫は慌てて窓から逃げ出した――そんなストーリーなら、兵士たちを信じさせることができるかもしれない。
(本当に? 本当にうまくいくの?)
今からやらねばならないことが決まった、その途端にリアナの指先が震えます。十歳の女の子が考えたこんな方法が、本当に通用するでしょうか? ティーカップがうまく割れなかったら? 音を立てても兵士が鍵を開けなかったら? すぐに見破られてしまったら――失敗する理由が、次々と頭に浮かびます。
(失敗したら、どうなるのだろう)
今度は窓も塞がれて、完全に閉じ込められてしまうでしょうか? 椅子に縛り付けられておかしなことができないようにされる? それとも、槍で心臓を一突きに――
――バチン!
リアナは再び頬を叩きます。弱気になるな! 今、私が思いつくすべてを考えた。完璧でなければ実行しないなら、それは殿下に会うことを諦めると言うのと同じだ。これ以上はきっと、弱さだ。
「この部屋を出る。これでうまくいかなければ――いいえ」
想いを口に出し、
「この方法で、私は殿下に会いに行く」
リアナは扉を鋭くにらみつけました。




