「私が、否定する」
リアナはルシアンを背に庇い、敵の隊長をにらみつけます。ルシアンが薄く目を開き、わずかに口を動かしました。森に隠れていた兵士たちが姿を現し、魔女の木を囲みました。
「あんたは、すごいよ。こいつは皮肉でも何でもない」
隊長はリアナを真剣な表情で見つめます。そこに敵意はなく、素直な感嘆が浮かんでいます。
「第二皇子の兵士どもは今頃、総力を挙げて崖下を捜索中だ。どうやったのかは知らないが、俺たちが想像もしない方法で、あんたはここまでたどり着いた。十歳と十三歳が数百人の大人を手玉に取った。奴らの無能を差し引いても、簡単にできることじゃない」
リアナは素早く周囲に目を走らせます。隊長は好意的な笑みを浮かべました。
「そら、今だってそうだ。俺たちの隙を探してる。俺たちを出し抜くつもりでいるんだ。兵士に囲まれ、逃げ場もない。それなのにあんたは諦めないんだな。生きることを」
リアナは不快そうに眉を寄せます。
「……何がおっしゃりたいのですか?」
隊長は表情を消し、威圧するような冷たい視線でリアナを射抜きました。
「ルシアン皇子を渡せ。そうすればあんたは見逃してやる」
「隊長!」
慌てて声を上げた部下を左手で制し、リアナから目を離さずに隊長は言葉を続けます。
「前にも言ったが、レダニアにおいて『クランフォートの王女』というあんたの立場は『第三皇子の婚約者』との組み合わせで初めて意味を持つ。ルシアン皇子が死ねばあんたは数いる『属国の人質』の一人に過ぎない。そしてスール森林官がこれほど明確に叛意を示した以上、人質としての価値ももはやない」
捕まって帝都に戻れば、待っているのは処刑台だと隊長は言います。
「強情を張れば二人で死ぬだけ。ならばあんただけでも生き延びる選択をすべきじゃないのか?」
リアナは焼き尽くさんばかりの視線で隊長をにらみ続けています。ルシアンが小さくうめき声を上げました。答えを返さないリアナに小さく首を振り、隊長は不可解そうに言いました。
「あんたたちの婚約は政治的な取り決めに過ぎんはずだ。命を捨ててルシアン皇子を守る価値がどこにある? 最期まで添うのが美徳とでも思っているのか?」
リアナは激情を抑えるように目を閉じました。
「……誰も、彼も――」
誰もがルシアンの死を当然のように語ります。皇位継承権を持つ第三皇子は政争に敗れて命を落とすのが当たり前。政治的な後ろ盾を失った幼い第三皇子に生き延びる術はない。負けたから死ぬ。弱いから死ぬ――
「ルシアンが、何をした!」
目を開き、激しい憤りを以てリアナは世界を告発します。死に値する罪などルシアンにはない。隊長は厳しい眼差しをリアナに向けました。
「皇子として生まれた」
「ただそれだけのことがいかなる罪か!」
リアナの怒りを隊長は冷ややかに見つめます。
「王族は生まれながらに責務を負う。生き延びるという責務を。その責務を果たせぬ弱さこそが罪だ。生き延びることが叶わぬゆえにルシアン皇子は死なねばならん」
部下が隊長に痛ましげな目を向けます。リアナは全身で彼の言葉を拒みました。
「生まれ生きることに罪などないわ!」
「いいや、ある。王は臣下を守り、国土を守り、民を守らねばならん。それができぬ者は、死なねばならんのだ」
隊長は冷厳に真実を告げます。
「それが、世界の理だ」
「それが世界だというのなら――」
リアナは拳を握りしめ、
「ルシアンを否定する世界を、私は――私が、否定する!」
決然と言い放ちました。
「私はそのためにここにいるんだ!!」
リアナの宣言が丘を渡り、魔女の木がざわめきに震えます。隊長は大きく息を吐き、剣の切っ先をリアナの喉元に突きつけました。
「……そこを、どけ」
「どきません」
表情を殺した隊長の剣がリアナの首に触れます。ルシアンがリアナの名を呼びました。リアナは世界をにらみつけます。
「どけっ!」
「嫌です!」
鋭い威迫を拒絶する叫びが早朝の空気を塗り替えていきます。周囲の兵士たちが目を見開いてリアナを見つめました。ルシアンがリアナに手を伸ばします。隊長は口を引き結び、恨むようにリアナを凝視すると、
「……そうか。なら――」
重苦しいものを吐き出すように、
「――しかたない」
剣を振り上げます。刃が朝の光を鈍く反射し、リアナが硬く目を閉じ、
「やめて、くれ――」
ルシアンのか細い願いを裂いて、剣が振り下ろされました。




