気持ち
(どうして、『嫌いか』だなんて……)
小さな白い椅子に座り、リアナはひどく痛む胸に手を当てて、ルシアン皇子の言葉を反芻していました。
――私のことが、お嫌いですか?
それはひどく切実な、世界の土台が崩れることを怖れる様な、弱々しい声でした。今までに皇子が見せたことのない『本当』が、そこにあるような気がしました。そしてたぶん、リアナはルシアン皇子をひどく傷つけてしまったようでした。あんなに苦しそうな、悲しそうなルシアン皇子を、リアナは今までに一度も見たことがありませんでした。
――私のことが、お嫌いですか?
皇子のその声には、今までに感じたことのない、明らかな拒絶がありました。もしリアナが皇子にもう一度会おうと思っても、皇子は会ってくれないかもしれません。会ってくれたとしても、あの虚ろな瞳で見つめられたら、リアナは何も言えなくなってしまうかもしれません。でも、それでも、傷つけたのなら謝らなければなりません。彼を傷付けたのに、自分が傷付くことを怖れるわけにはいかないのです。
リアナは大きく息を吐きます。皇子に会い、伝える言葉を探さねばなりません。
(私は、殿下が嫌いなの?)
リアナは自身に問い掛けます。ずっと婚約破棄を望んできました。それは皇子が嫌いだからでしょうか?
(いいえ、違う)
婚約破棄を望んだのは、それがクランフォートの誇りを踏みにじるものだからです。リアナ自身が冷たい道具として扱われているからです。この婚約に、心がないからです。リアナは慎重に、自分の心の中を探します。ルシアン皇子を嫌う理由を。
(そんな理由、あるはずもない)
リアナは小さく笑いました。だってそんなのは当たり前です。リアナは皇子のことを、ほとんど何も知らないのです。知らないものを嫌う理由などあるはずもないのです。
リアナはふっと強く短い息を吐きました。明日、もう一度殿下に会いに行こう。そして伝えるのです。貴方を嫌ってなどいません。そして、貴方のことをもっと知りたいのです、と。
深夜、皇宮を一つの報が駆け巡りました。
ルシアン皇子の母君が身罷られた――
それはルシアン皇子の政治的な立場を守る盾が、失われてしまったことを人々に伝えていました。




